性別を隠して警備隊に入ったのがバレたら、女嫌いの総隊長の偽恋人になりました。

これでお前は、俺の恋人だ。

「恋人といっても、本当になってくれってわけではないぞ。見合いを断るための口実として、そのふりをしてほしいというだけだ。できることなら、結婚の約束をしている程度の設定が望ましいな」
「いちいち説明されなくてもわかります! わかった上で無理だと言ってるんです!」
 再度告げられた言葉を、またも全力で拒否する。
「恋人のふりなんてできるわけないじゃないですか。私、今まで恋のひとつもしたことないんですよ」
 自慢ではないが、本当に自慢にもならないが、クリスにはまともな恋愛経験など皆無だ。
 それで恋人のふりをしろと言われても、どうすればいいのかわからない。
 しかもその相手は、昨日まで自分を男だと思っていて、さらに尋常でない女嫌い。あまりにも無茶苦茶だ。
「その点は俺も不安がある。だがそれを考慮しても、断る具体的な理由があるというのは心強い。試してみる価値は十分にある」
「ありません。って言うか、たとえ価値があったとしてもやりません!」
 これを本気で頼んでいるのだから、ヒューゴもかなり追い込まれているのだろう。
 それでも、できないものはできない。そう言おうとしたが、そこでヒューゴは、一転して憂いを帯びた表情へと変わり、頭を下げる。
「頼む。力を貸してはくれないか」
「そ、それは……」
 何度言われても無理。そう言いたかったが、そんなヒューゴの様子を見ると、思わずたじろがずにはいられなかった。
(隊長。その顔の作りと表情で頭を下げられたら、すっごく申し訳ない気持ちになるんですけど!)
 いつも近くにいたため意識することも少なくなっていたが、ヒューゴは相当な美形であり、クリスも初めて見た時は思わず見とれたほどだ。
 それがこんな憂い顔で頭を下げてくると、なんとも言えない罪悪感が湧いてくる。それに、胸の奥が妙にうるさくなってくる。
「俺の恋人になってくれ。俺にはお前が必要だ。お前じゃなきゃ、ダメなんだ」
「ふぇっ! で、でも……」
 クリスだって女の端くれだ。これだけの美形に迫られこんなことを言われては、平常心ではいられない。
(落ち着け私。毅然とした態度で断らなくちゃ。だいたい、ドキッとすることなんてないでしょ。いくら美形とはいえ、相手はあのヒューゴ総隊長なんだよ。女と見ると問答無用で拒絶する人だよ。そんなの絶対無理。あっ、でも普段キツい人だからこそ、意外な一面を見たらグッとくるってこともあるかも……って、なに考えてるの!)
 混乱しながらも、胸は徐々に高鳴り、体に熱が灯っていく。しかしそれも、ヒューゴが次の言葉を発するまでだった。
「引き受けてくれたら、礼金を払うぞ」
「れ、礼金……?」
 その瞬間、それまで感じていた胸の高鳴りが一気に静まる。
「あの、それって、お金を払うから恋人になってくれってことですか?」
「そうだ。お前にとっても、悪い話ではないぞ」
 ヒューゴも必死なのだろう。だが数秒前に情熱的な愛の告白的なことを言っておきながら、急にお金という現実的な話を出されると、どうにも温度差を感じずにはいられない。
「やっぱり、隊長は隊長ですね」
「なんの話だ?」
「いえ、いいんです」
 もしもヒューゴがあのままの調子で迫ってきていたら、ひょっとしたら雰囲気に流され、落ちていたかもしれない。
 が、今ので一気に冷めた。
 しかし冷めたことで、さっきまでより少し落ち着いて考えることができそうだ。
「あの、礼金って、具体的にはどのくらい頂けるのですか?」
 冷めておきながら、それでもしっかりお金の話に食いつく辺り、クリス自身もなかなかだ。
 しかし、彼女は今日から無職。いくら退職金が出るとはいえ、お金の話にはどうしても反応してしまうのだ。
「具体的な額はまだ決めてはいないが、納得いくだけのものを支払えるよう努力しよう。とりあえず、今協力してくれたら、これくらいは出そうか」
 告げられた金額は、予想していたものよりも、ずっとずっと多かった。
「そ、そんなに……」
 もちろん、いくら金を積まれたところで、恋人のふりなんてものに抵抗がなくなるわけじゃない。
 しかしそれでも、これからの金銭面の不安を考えると、今収入を得られるというのは非常に魅力的だった。
 頭の中で、さっき聞いた金額が、何度も繰り返し響いている。
「そ、それなら……やってみようかな」
 悩んだ挙句、クリスはそう答えた。
 これからの生活への不安には勝てなかったのだ。
「契約成立だな。これでお前は、俺の恋人だ」
「はい。がんばって、隊長の恋人を務めさせていただきます!」
 一度決めたからには腹をくくろう。そう思い、力強く答える。
 これで、二人は恋人同士となった。もちろん、設定上の話ではあるが。
「なんの色気もない恋人宣言だな」
 二人のやり取りを見ていたキーロンは、呆れたようにそう漏らした。
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