性別を隠して警備隊に入ったのがバレたら、女嫌いの総隊長の偽恋人になりました。
宴の後
嵐のような夜会がようやく終わった。
ヒューゴは、知り合いと少し話があると言って、一人だけ先に元いた部屋へと戻される。
気がつけばもうすっかり夜中。今宵はこの部屋に泊まり、明日にはヒューゴと共にナナレンに帰る。それで、全て終わりだ。
扉を開けてすぐ、ベッドの上に倒れ込む。
覚悟はしていたが、想像していた以上にくたびれた。特にあのロイドという男と揉めた時は、ヒヤヒヤしたものだ。
あの時のヒューゴの言葉を思い出す。
『大切な者を侮辱されたのだ。これ以上続けるなら、徹底的にやり合うことになるぞ!』
周りから非難される中、ただ一人ヒューゴは庇ってくれた。
もちろんそれは、彼の立場上、そうしなければならなかっただけかもしれない。
だが、それでも嬉しかった。抱き寄せられて、大切な者と言われた時には、ドキリとした。今でも、思い出すと胸の奥が熱くなってくる。
この気持ちは、まるで──
「まるで総隊長に恋してるみたいじゃない!」
胸どころか、体中が沸騰したように熱くなっていく。
だが次の瞬間、すぐさまそれを否定する。
「ないないない。そりゃ庇ってくれて嬉しかったし、ドキッとしたけど、あれば全部、私が恋人って設定だからやったこと。勘違いしちゃダメ。だいたいあの総隊長だよ。びっくりするくらいの美形だけど、どうしようもなく女の人が苦手で、恋人のふりなんてめちゃくちゃなこと頼んでくるような人だよ。本当に恋するなんて、絶対絶対ありえないから!」
手をブンブンと振り回しギャーギャー喚きながら自分に言い聞かせる。
そんなことをしていたせいで、後ろで部屋の戸が開く音がしたことには、これっぽっちも気づかなかった。
「何をそんなに騒いでいる」
「ひゃぁぁぁぁっ! そ、総隊長!?!?」
ヒューゴ本人の登場だ。
何度目かわからない叫び声をあげ、その場に倒れそうになる。
「うわぁぁぁぁ────って、あれ?」
だが、いつまでたっても来るべきはずの衝撃が襲ってこない。
それもそのはず。転倒する直前、クリスの体はヒューゴによって抱き止められていた。
「あまり危なっかしいことをするな。あと、大声を出すな。外にいるやつらに聞かれたらどうする」
「は、はい。すみません……」
密着したことにまたも声をあげそうになるが、気力でそれを抑え込む。
慌ててヒューゴから離れるが、心臓はうるさいままだ。
「いったい何があったら、あんな奇声をあげることになるんだ」
「い、いえ。なんでもありません。」
まさか、あなたに恋をしているんじゃないかと思って騒いでましたなどと言えるはずもない。
「そ、それよりも、さっきは騒ぎを起こしてしまってすみません!」
これ以上追及されるのを避けるため、強引に話を反らす。
だが言ってることは、紛れもない本心だ。
ロイドに乗せられたとはいえ、自分がもっとしっかりしていれば、あんな騒ぎになることもはなかったかもしれない。
今まで言う機会がなかったが、ずっと申し訳なく思っていた。
しかしヒューゴは、ふんと鼻を鳴らす。
「そんなことか。あの男の嫌がらせなどいつものことだ。いつか文句を言ってやりたいと思っていたから、ちょうどいい」
「でも、そのせいでアスター辺境伯を怒らせてしまいましたよね。それって総隊長にとって、かなりまずいことなんじゃないですか?」
あの時、辺境伯は目を瞑ると言っていたが、確実に心象は悪くなっただろう。
その後クリスがヒューゴの恋人として挨拶に伺おうとしたが、まだ婚約も決まっていないようなら挨拶など不要と言われ、まともに話をすることなく追い返されてしまった。
次期当主候補であるヒューゴにとって、現当主に嫌われるというのは、どう考えても良くはないだろう。
それでも、ヒューゴは顔色ひとつ変えなかった。
「あの程度で失うような信頼なら、どのみち大したものじゃない。それに、別に俺は当主になりたいわけじゃないからな。多少嫌われたところで、どうということはない」
「えっ、そうなのですか? でも総隊長こそが次の当主だって、何人も言ってましたよ」
一ヶ月前ヒューゴの屋敷でレノンに会った時、彼女はそう言っていた。今日の夜会でも、そんな話を何度も聞いた。
「そんなもの、周りが勝手に祭り上げているだけで、俺自身は何の興味もない。そんなことよりもだ──」
そこまで言ったところで、ヒューゴは手に持っていたバスケットを突き出した。
「料理人に頼んで軽食を用意させたんだが、いるか?」
するとなんというタイミングか、とたんにクリスの腹が大きな音を立てた。
「……聞くまでもなかったか」
「だ、だって、仕方ないじゃないですか。さっきの会場では、ほとんど何も食べてなかったんですから」
一応料理は用意されていたものの、挨拶だのダンスだの騒動だので、口に入れられたものなんてごく僅か。
おまけに緊張していたこともあり、味なんてろくにわからなかった。
「なら、その分ここで味わっておくんだな。ここなら堅苦しいマナーもいらんぞ」
「…………いただきます」
こうして、ヒューゴ共々遅い食事をとる。
バスケットの中身は、サンドイッチ。さらにワインも入っていた。
さっそく、大きく口を開けサンドイッチを頬張る。
「これ、すっごく美味しいです!」
緊張の抜けた今なら、さっきまでと違い、ちゃんと味を楽しむことができた。
ヒューゴは、知り合いと少し話があると言って、一人だけ先に元いた部屋へと戻される。
気がつけばもうすっかり夜中。今宵はこの部屋に泊まり、明日にはヒューゴと共にナナレンに帰る。それで、全て終わりだ。
扉を開けてすぐ、ベッドの上に倒れ込む。
覚悟はしていたが、想像していた以上にくたびれた。特にあのロイドという男と揉めた時は、ヒヤヒヤしたものだ。
あの時のヒューゴの言葉を思い出す。
『大切な者を侮辱されたのだ。これ以上続けるなら、徹底的にやり合うことになるぞ!』
周りから非難される中、ただ一人ヒューゴは庇ってくれた。
もちろんそれは、彼の立場上、そうしなければならなかっただけかもしれない。
だが、それでも嬉しかった。抱き寄せられて、大切な者と言われた時には、ドキリとした。今でも、思い出すと胸の奥が熱くなってくる。
この気持ちは、まるで──
「まるで総隊長に恋してるみたいじゃない!」
胸どころか、体中が沸騰したように熱くなっていく。
だが次の瞬間、すぐさまそれを否定する。
「ないないない。そりゃ庇ってくれて嬉しかったし、ドキッとしたけど、あれば全部、私が恋人って設定だからやったこと。勘違いしちゃダメ。だいたいあの総隊長だよ。びっくりするくらいの美形だけど、どうしようもなく女の人が苦手で、恋人のふりなんてめちゃくちゃなこと頼んでくるような人だよ。本当に恋するなんて、絶対絶対ありえないから!」
手をブンブンと振り回しギャーギャー喚きながら自分に言い聞かせる。
そんなことをしていたせいで、後ろで部屋の戸が開く音がしたことには、これっぽっちも気づかなかった。
「何をそんなに騒いでいる」
「ひゃぁぁぁぁっ! そ、総隊長!?!?」
ヒューゴ本人の登場だ。
何度目かわからない叫び声をあげ、その場に倒れそうになる。
「うわぁぁぁぁ────って、あれ?」
だが、いつまでたっても来るべきはずの衝撃が襲ってこない。
それもそのはず。転倒する直前、クリスの体はヒューゴによって抱き止められていた。
「あまり危なっかしいことをするな。あと、大声を出すな。外にいるやつらに聞かれたらどうする」
「は、はい。すみません……」
密着したことにまたも声をあげそうになるが、気力でそれを抑え込む。
慌ててヒューゴから離れるが、心臓はうるさいままだ。
「いったい何があったら、あんな奇声をあげることになるんだ」
「い、いえ。なんでもありません。」
まさか、あなたに恋をしているんじゃないかと思って騒いでましたなどと言えるはずもない。
「そ、それよりも、さっきは騒ぎを起こしてしまってすみません!」
これ以上追及されるのを避けるため、強引に話を反らす。
だが言ってることは、紛れもない本心だ。
ロイドに乗せられたとはいえ、自分がもっとしっかりしていれば、あんな騒ぎになることもはなかったかもしれない。
今まで言う機会がなかったが、ずっと申し訳なく思っていた。
しかしヒューゴは、ふんと鼻を鳴らす。
「そんなことか。あの男の嫌がらせなどいつものことだ。いつか文句を言ってやりたいと思っていたから、ちょうどいい」
「でも、そのせいでアスター辺境伯を怒らせてしまいましたよね。それって総隊長にとって、かなりまずいことなんじゃないですか?」
あの時、辺境伯は目を瞑ると言っていたが、確実に心象は悪くなっただろう。
その後クリスがヒューゴの恋人として挨拶に伺おうとしたが、まだ婚約も決まっていないようなら挨拶など不要と言われ、まともに話をすることなく追い返されてしまった。
次期当主候補であるヒューゴにとって、現当主に嫌われるというのは、どう考えても良くはないだろう。
それでも、ヒューゴは顔色ひとつ変えなかった。
「あの程度で失うような信頼なら、どのみち大したものじゃない。それに、別に俺は当主になりたいわけじゃないからな。多少嫌われたところで、どうということはない」
「えっ、そうなのですか? でも総隊長こそが次の当主だって、何人も言ってましたよ」
一ヶ月前ヒューゴの屋敷でレノンに会った時、彼女はそう言っていた。今日の夜会でも、そんな話を何度も聞いた。
「そんなもの、周りが勝手に祭り上げているだけで、俺自身は何の興味もない。そんなことよりもだ──」
そこまで言ったところで、ヒューゴは手に持っていたバスケットを突き出した。
「料理人に頼んで軽食を用意させたんだが、いるか?」
するとなんというタイミングか、とたんにクリスの腹が大きな音を立てた。
「……聞くまでもなかったか」
「だ、だって、仕方ないじゃないですか。さっきの会場では、ほとんど何も食べてなかったんですから」
一応料理は用意されていたものの、挨拶だのダンスだの騒動だので、口に入れられたものなんてごく僅か。
おまけに緊張していたこともあり、味なんてろくにわからなかった。
「なら、その分ここで味わっておくんだな。ここなら堅苦しいマナーもいらんぞ」
「…………いただきます」
こうして、ヒューゴ共々遅い食事をとる。
バスケットの中身は、サンドイッチ。さらにワインも入っていた。
さっそく、大きく口を開けサンドイッチを頬張る。
「これ、すっごく美味しいです!」
緊張の抜けた今なら、さっきまでと違い、ちゃんと味を楽しむことができた。