性別を隠して警備隊に入ったのがバレたら、女嫌いの総隊長の偽恋人になりました。

思わぬ押収品

 ヒューゴとごろつきは、それぞれ短刀とナイフを構えながら、じりじりと間合いをはかってた。
 自分も加わった方がいいだろうか。そう思ったクリスだが、ヒューゴがそれを止める。
「加勢はいらん。それより、倒れている奴らを確保をしろ!」
 その僅かな会話を、隙と判断したのだろう。一気に男が動き出し、ヒューゴに向かってナイフを振り上げる。紙一重でそれをかわすが、男はさらに攻撃を続けていく。
 対するヒューゴは、避けるだけ。素人が見れば、そう思うかもしれない。
 だが、クリスはすぐに気づく。ヒューゴが、避けながら攻撃するタイミングを図っていることに。
 戦いというのは、手数の競い合いではない。むしろ余計な動きは隙を生むことになる。
 その隙を、ヒューゴは見逃さなかった。
「やぁっ!」
 一瞬で攻守が逆転し、ヒューゴの振るう短刀が男に迫る。
 男は手持ちのナイフでそれを凌ごうとし、二度、刃のぶつかる音が辺りに響く。だが三度目に響いたのは、ヒューゴの蹴りが男の横腹に叩き込まれる音だった。
 男は短刀に気をとられるあまり、それ以外に注意する余裕がなかったのだ。
「がぁっ……」
 そこからはもう一方的だ。男はさっきまでの善戦が嘘のように、あっという間に地面に倒れてしまった。
 これでごろつきどもは全滅。あとは逃げないように、持っていたロープで手足を拘束していく。
 クリスが最後まで戦っていた男を縛りつけた時、その懐から何かが溢れ落ちた。
「これは………」
 それは、小さな袋に入った、何かの植物の苗木だった。
 とはいえ、ただの苗木をわざわざ大事に持っていたりはしないだろう。これが何なのかは、だいたい想像がつく。
「こいつが使っている薬物か。見せてみろ」
 先程も言っていたが、この男が薬物を使用しているのは予想がついた。
 当然それらは取り締まりの対象となるのだが、一向になくならないばかりか、近年では自ら栽培するというケースも増えている。この苗木も、おそらくそういう目的で手に入れたものだろう。
 これだけなら、とりわけ珍しいことではない。
 だがそれを手に取ったヒューゴが、急に顔色を変えた。
「どうしてここにこんなものがある?」
「どうかしたんですか?」
 麻薬の押収など何度も経験していること。なのにこうまで驚くというのは、普通じゃない。
「もっとしっかり確認する必要があるが、こいつはホムラと呼ばれる東国原産の植物だ。お前も、警備隊の講習で聞いたことはあるだろう」
 ヒューゴの言う通り、クリスも警備隊にいた頃教わったことがある。葉っぱが炎のような形をしていることから火を意味する名前のついたその植物は、やはり違法薬物の原料だった。
 だが知識はあったが、実物を見たのは初めてだ。
「これって、ここ数年は、国内で見つかった例はほとんどなかったですよね」
「ああ。だがその効果は絶大で、欲しがるやつにとっては金や宝石よりも価値があると言われている。とてもこんな奴が持てるような代物じゃない」
 だが実際、男はこうして実物を持っている。
 ヒューゴは男の胸ぐらを掴み上げると、顔を近づけながら凄む。
「お前、どこでこれを手に入れた」
「さあて、どこだったかな。それよりあんた、見逃してくれねえか。こいつが育って金になったら、分け前をやるぜ」
 冗談なのか本気なのか、この期に及んでそんなことを言うが、ヒューゴは呆れたようにため息をついた。
「言っておくが、ホムラは育てるのがとんでもなく難しい。素人がやろうと思ってもまず無理だぞ」
「なっ……!?」
 手足を拘束されてなお強がるのをやめなかった男が、これまでで一番の驚きを見せた。
「嘘だろ! これさえあれ簡単に金が入るって言われたんだぞ。自分で使っても、その残りだけで十分だって……」
「それ、騙されたんじゃないですか? そんな簡単に育てられるなら、もっと流通してますよ」
 実際、過去にホムラを押収した事例でも、国内で栽培されたということはほとんどない。
「おまけにこの苗、相当傷んでいるぞ。お前にこれを渡した相手は、間抜けと笑っていただろうな」
「そんな……」
 よほどショックだったのだろう。少し前までの威勢はどこへやら、放心したように天を仰ぐ。決して同情はしないが、哀れなものだ。
 しかしこれを、何も知らない男が騙されただけどして済ませていいかはわからない。
 何しろ、この苗木そのものは本物である可能性が高いのだ。
「育てるのが難しいとはいえ、ホムラの苗木も、国内での所持は禁止されている。わざわざ法を犯してこれだけを持ち込むとは思えんが、精製したものを売り付ける際は、こういうものがあった方が宣伝になる」
「それって、精製されたホムラもどこかにあるってことですか?」
「かもしれん。おい、誰からこれをもらったんだ」
 こんな粗悪品でなく、精製されたホムラが国内に持ち込まれているとなると、いよいよ一大事だ。
 男に向かって問うが、残念ながら録な答えは返ってこなかった。
「知らねえよ。自分はホムラの密輸に関わってるって言って、これを売り付けてきたんだ」
 実に胡散臭い話だ。男には悪いが、騙された方にも問題があるだろう。
「仕方ない。こいつらをこの街の警備隊に渡し、過去にホムラ絡みの事件がなかったか聞いてみるか。国外から大量に持ち込まれているとしたら、俺も無関係ではいられん」
 ヒューゴの守るナナレンは、国境の街。もしもホムラの密輸が行われているのだとしたら、その管轄内のどこから入っている可能性もある。
「場合によっては、この街の警備隊の資料を見せてもらうかもしれんが、それにはトップの許可が必要になるな」
「トップって、カーバニア警備隊の総隊長ですよね。どんな人なんですか?」
 すると、なぜかヒューゴは渋い顔をした。
「……ロイドだ」
「えっ?」
「ロイド=アスター。あいつが、カーバニアの警備隊総隊長なんだよ」
「あ、あの人ですか……」
 その名前を聞いて、今度はクリスが渋い顔をした。
< 29 / 47 >

この作品をシェア

pagetop