性別を隠して警備隊に入ったのがバレたら、女嫌いの総隊長の偽恋人になりました。

決戦

 ヒューゴさえいなくなれば、あとは揉み消せる。そうロイドは言ったが、今やここにいる警備隊員全部が証人となっている。
 そんなもの、簡単に隠蔽できるわけがない。
 だが、それを聞いた仲間を奮起させるには十分だった。皆どこかしらに持っていた武器を手に、隊員達を取り囲む。
「気をつけてください。ここの人達、盗賊やってる奴らも混じっています!」
 クリスもここに捕まっている間、何もしなかったわけじゃない。見張りの男にそれとなく聞いた情報から、この店を盗賊達の隠れ蓑にしているのは既に知っている。こいつら全員がそうだとすると、戦況は不利だ。なにしろこちらはほんの数人。戦える人数がまるで違う。
「みんな固まれ! 隣の奴を庇い合い、身を守ることを第一に考えろ!」
 数の不利は、ヒューゴもすぐに悟ったのだろう。敵を倒すよりも、守りを優先した指示を出す。
 さらに、クリスに向かって言う。
「お前はその人を頼む!」
 その人というのは、ミラベルのことだ。ヒューゴは相変わらず彼女の正体に気づく様子はないが、それを伝えている暇はない。
 それに今話せば、余計な動揺をさせることになるだろう。ならば、ひとまず黙っておいた方がいい。
 クリスがそう判断している間にも、ヒューゴの指示は続く。
「二人一緒に、俺達の後ろに下がってろ!」
 それは、今まで捕らえられていたクリスの身を案じて言ったことだった。
 心身ともに消耗しているであろう彼女を、戦いには参加させたくはない。
 だがクリスは、それに異を唱えた。
「ダメです! 彼女を守るのは、他の誰かに変えてください!」
 叫ぶように言うと、長いスカートの裾を引き裂き、動きやすいように足に結びつける。
「お前、何を?」
「誰かを守るなら、いざという時は盾になったり、抱えて移動したりする必要も出てきます。それには、より体が大きく力のある人の方が適任です。彼女のことはその誰かに任せて、私は戦います!」
「だが……」
 警護という面において、自分よりも男性隊員の方が有利なことは、クリス本人が一番よく知っていた。
 それを聞いてもヒューゴが躊躇うのは、やはりクリスを心配してのことだろう。だが、議論している暇はない。周りを取り囲んでいた男達が、とうとう襲いかかってきた。
「でぇぇぇい!」
「ちっ!」
 最初に仕掛けてきた男のナイフを剣で受け止め、ヒューゴが叫ぶ。
「クリス、お前はもう警備隊員じゃない。本来なら、その人のこと頼むのも筋違いだ。だが自ら戦うと言うのなら、戦力として数えさせてもらう。泣き言は一切許さん。それでもいいか!」
「────はい!」
 そんなもの、元より覚悟の上だ。
 これで、この場におけるクリスの役割が決まった。
 すぐさま、仲間の隊員と場所を入れ替える。これで、賊を迎え撃つ準備は万端だ。
 だがそれは、もちろん簡単なことじゃない。ヒューゴの心配した通り、今のクリスが心身ともに消耗しているのは確かだ。
 仕掛けてくる賊の攻撃を裁いていくが、早くも疲れが出てくる。
 そしてクリス以外の隊員達も、想像以上に苦戦していた。
「くそっ。こう狭くちゃ、思うように剣が振り回せねえ」
 この場にいるほとんどの隊員は、普段街を警備する際の標準装備しか持ち合わせていない。武器と言えるものは、剣だけだ。
 もちろんそれでも、普通なら十分に戦える。
 だが、ここが室内であるのがまずかった。建物そのものは大きいのに、ひとつひとつの部屋や通路は幅がなく、狭いのだ。考えなしに剣を振ろうとすると、壁や天井に引っ掛かってしまう。
 対して賊の持っている武器は、ナイフや短剣といった小型のものが多く、小回りがきく。この僅かな違いが、戦いにおいては生死を分けることだってあるのだ。
「任せてください!」
 苦戦する隊員達に向かって、クリスが叫ぶ。この場において、長い武器しかないのは確かに不利だ。だがクリスに限って言えば、その不利はあまり関係がなかった。
「やあっ!」
 ナイフを持って襲ってきた賊の手を、逆に掴んで捻り上げる。
 やっぱり、戦うことを選んでよかったと、改めて思う。
 クリスの最も得意とするのは、武器を持たない素手による格闘戦。それを活かす絶好の機会だ。
 相手の手からナイフがこぼれ落ちるが、それで終わりではない。そのまま肩を掴み、骨を外した。
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
 男は悲鳴をあげ、床を転がり悶絶する。これでは例え起き上がってきたとしても、もう武器を持つことは叶わないだろう。
「相変わらずおっかねえな」
 キーロンがそう言いながら、男の落としたナイフを拾う。長すぎる剣が不利なら、こうして倒した相手の武器を使えばいい。
 見ると他の隊員達も、同じように相手を打ち倒し、その武器を奪っていく。
 これで、武器による不利はかなり解消されつつある。
 だがそれでも、数の違いという最大の問題がまだ残っている。
「くそっ! まだまだ敵の数の方がずっと多いな」
 誰かが叫ぶ。いったいどれだけの賊がここに潜んでいたのか。何人かは既に倒したものの、残っているのはその数倍だ。これだけの数を相手にするのは、肉体的にも精神的にも負担が大きい。それぞれが懸命に応戦しながらも、確実に押されていた。
 そしてとうとう、一人が崩れ落ちるように膝をつく。
「隊長!」
 膝をついたのは、ヒューゴだった。
 敵から大きな攻撃を受けたわけではない。にもかかわらず、激しく息を切らしながら、苦痛に顔を歪めている。
「総隊長。やっぱり、傷がまだ堪えるんじゃ……」
 キーロンの呟きが聞こえ、ヒューゴが無数の傷を負っていたことを思い出す。今まで手当てはしていただろうが、傷を負ってからまだ数日。到底、完治できるものじゃなかった。
 普通なら、今の状態で戦えという方が無茶だ。
 さらに悪いことに、彼の負傷による影響は、単なる戦力の低下だけには留まらない。
「今だ、ヒューゴを狙え! 手負いの者など、恐れるに足りん!」
 ロイドの嬉々とした声が飛ぶ。
 これが集団戦の恐ろしいところだ。大将格となる者がやられれば、あるいは危なくなれば、その戦況は大きく動く。敵は勢いを増し、味方は、動揺せずにはいられない。
「くそっ、総隊長を守れ!」
 隊員達がヒューゴの側に集まり、守りを固める。もしもこのままヒューゴが倒されでもしたら、そこから一気に崩れることだってある。それだけは、絶対に阻止しなければならない。
 だがこのままでは、どのみちどれだけ持つかわからない。
 そんな中、ヒューゴはよろめきながら、再び立ち上がろうとする。
「総隊長!」
 クリスが駆け寄りその体を支えると、息が荒いのがわかった。もしかすると、立っているだけで辛いのかもしれない。
 もう応戦などせずに、完全に他の者に守って貰った方がいいのではないか。だがそう思った時、ヒューゴは言った。
「すまないクリス。少しだけ、このまま支えていてくれ」
「は、はい!」
 もとより、今のヒューゴから手を離す気なんてない。だがヒューゴの言葉通り、支えることになったのは、ほんの少し間だけだった。
 数回、大きく息を吐いて呼吸を整えると、そのまま痛みをこらえながら、自らの力で立ち上がる。そして、皆に向かって言う。
「みんな、あと少しだ。あとほんの少しだけ耐えろ!」
 こうして声をあげるだけでも、相当な負担なのは明らかだ。
 それでも、ヒューゴはボロボロの体で叫び続ける。
「このまま持ちこたえさえすれば、勝つのは俺達だ! その時まで、なんとしても戦い抜け!」
 その言葉を聞くと、不思議と力がわいてくる。
 集団戦において、大将の危機はそのまま味方全体の危機に繋がる。だが逆に大将が奮い立てば、味方もまたそれを支えに力を増すことだってある。
 ヒューゴはそれを知っているからこそ、傷つきながらなお、叫ぶのを、そして戦うのをやめようとしなかった。
「まったく、人にも自分にも厳しい総隊長殿だ」
「だけどまあ、死にたくないならそうするしかないよな」
「それじゃ、もうひと頑張りするか」
 ヒューゴの言葉で、劣勢だった隊員達にも再び火が灯る。
 それからは、ひたすら耐えしのぐ戦いだった。徐々に追い詰められ、疲れきっていく中、ヒューゴもクリスも、それに他のみんなも、それぞれが必死になって生き延びようとあがく。
 それに苛立ちを感じたのだろう。怒り混じりに、ロイドが怒鳴り付ける。
「無駄なことを。お前達、誰かいい加減とどめを刺せ!」
 だが部下達がそれに応えるよりも先に、別の声が飛んできた。
「ロイド様、大変です。警備隊の連中が、新たに押し掛けてきました!」
「なに!?」
 それと同時に、外から大きな喧騒と怒声が響く。それを聞いて、場の空気が一気に変わった。
< 41 / 47 >

この作品をシェア

pagetop