性別を隠して警備隊に入ったのがバレたら、女嫌いの総隊長の偽恋人になりました。
響く悲鳴
「今日もまたダメだった。立ち退きの期限は明日だよ……」
この短い期間に玉砕した仕事はいくつになるだろう。酒場の主人に背中を押され奮起したのはいいが、状況はあの頃と何も変わっていない。いや、明日には住む場所を失うのだから、悪化している。
最悪の場合、故郷の実家を頼るというのあるが、家族だって生活に余裕があるわけじゃない。今戻っていったら、確実に迷惑をかけてしまうだろう。
「早く、早く次の仕事を探さないと」
焦りでいっぱいになりながら、求人チラシに片っ端から目を通す。すると、そのうちの一つに目が止まった。
「ナナレン、警備隊隊員募集──寮完備。しかもお給料もいい!」
それは、待遇だけを見ると願っても無いような条件だった。
仕事内容は、街やその周辺で起きる犯罪の取り締まりだ。
この手の仕事は、給料や待遇が良いところも多い。その分仕事内容は過酷なのだが、今のクリスにとっては、それでもなお魅力的だった。
それに、実はけっこう自信もあるのだ。
「体力や武術なら、小さい頃から村の道場に通って鍛えていたから、いけるはず」
元々、兄弟達につられてはじめたものだったが、才能があったのか、いつの間にか誰よりも強くなった。
何より、選り好みなどしている場合でない状況で、これだけ良いところをみつけたのだ。挑戦してみる価値は十分にある。
しかし、再びチラシに目を通したところで、興奮が一瞬にして冷める。
「……なにこれ。募集してるの、男だけ?」
男性のみ。
非情なことに、募集要項にはハッキリとそう記されていた。つまり、女のクリスには挑戦することすらできないというわけだ。
「そんな……」
通常女性は男性と比べて、どうしても体力筋力といった面で遅れをとることが多い。そのためこういった職種で、男性限定で募集するというのは珍しくなかった。
しかし、これが最後のチャンスと思っていたクリスには、到底納得がいかなかった。
「そりゃ、入隊テスト受けてダメだったって言われたら仕方ないけどさ、それもできずに女ってだけの理由で諦めろって言うのは、あんまりじゃない!」
言ってどうにかなるわけでもないが、それでも不満が止まらない。
「私が男だったらよかったのに。村の道場で稽古していたころは、男みたいだってからかわれたこともあったんだけどな」
からかった相手はすぐに成敗したが、今はむしろ男になりたかった。そうすれば、無事入隊できるかもしれないのに。
「……ん。まてよ?」
その時、クリスの頭にある考えが浮かんだ。
突拍子もなく非常識。そして失敗したら、きっと大変なことになる。だがうまくいけば、一気に問題を解決できる……かもしれない。
そして今の彼女には、手段を選んでいる余裕などなかった。
「ダメで元々。一か八か、やってみるしかない」
結果として、クリスのこの目論見は見事成功。無事、ナナレンの警備隊へと入隊することになる。
ただし、クリスティーナ=クロスではなく、クリストファー=クロスと名乗り、男性として入った。
クリスの考えた、女の身で警備隊に入る方法。それは、性別を男と偽るというものだった。
「我ながら、よくあんな手を考えたものだよね」
一人水浴びをしながら、クリスは半年前の事を思い出す。
なけなしのお金で男物の服を揃え、髪をちょっぴり短くし、口調を男性のものへと変える。名前も、本名のクリスティーナではなく、クリストファーと名乗った。
そうして入隊試験に挑んだところ、見事合格。以来、この駐屯所の近くにある寮に住み、ずっと男として通してきている。
無茶苦茶なやり方だが、その無茶が、今までうまくいっていた。
幸い、寮は一人部屋だったため、自分の部屋の中では自由にできた。
最も不安だったのは、駐屯所内での着替え。それに、今のような水浴びだ。
それらはあの手この手を使って、誰にも見られないようにしてきた。今だって、こうして他の隊員達とは時間をずらしてやっている。
そんなことを続けてきた結果、最初の方こそいつ女とバレるのではないかとビクビクしていたが、今のところ一向にその気配はない。
運がよかったのか、自分の男装が完璧なのかは知らないが、案外なんとかなるもんだ。
「あの時の私、ナイス」
過去の自分に心の中で拍手を贈る。あのまま就職できずにいたら、今頃どうなっていたかわからない。
しかし、女性というのを隠しての生活も、もう半年。そのため、どこかで油断していたのかもしれない。
全身についた汗と汚れを落とし、近くに置いたタオルに手を伸ばしたその時だった。不意に、水浴び場の扉が開き、誰かが入ってきた。
「なんだ。まだ誰かいたのか?」
「えっ──?」
入って来たのは、ヒューゴだった。このタイミングで、自分以外の誰かがいるとは思っていなかったのだろう。ひょいとこちらを覗きこみ、そこにいるのは誰かと確認してくる。
そして、時が止まった。
「ク………クリス?」
個別の洗い場は、一応敷居は設けられているものの、あくまで簡単なもの。少し首を伸ばせば、お互いの姿は全て丸見えになる。
当然、クリスの姿も、全てヒューゴに晒されることとなる。一糸纏わぬ姿をだ。
「ヒュ……ヒューゴ総隊長?」
自らのとんでもない格好を見られ、さらに目の前には、それと同等の姿のヒューゴがいる。
その事実を理解したとたん、彼女の中の何かが壊れた。
「ふ…………ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
クリス。それにヒューゴの、割れんばかりの絶叫が、辺りに響いた。
この短い期間に玉砕した仕事はいくつになるだろう。酒場の主人に背中を押され奮起したのはいいが、状況はあの頃と何も変わっていない。いや、明日には住む場所を失うのだから、悪化している。
最悪の場合、故郷の実家を頼るというのあるが、家族だって生活に余裕があるわけじゃない。今戻っていったら、確実に迷惑をかけてしまうだろう。
「早く、早く次の仕事を探さないと」
焦りでいっぱいになりながら、求人チラシに片っ端から目を通す。すると、そのうちの一つに目が止まった。
「ナナレン、警備隊隊員募集──寮完備。しかもお給料もいい!」
それは、待遇だけを見ると願っても無いような条件だった。
仕事内容は、街やその周辺で起きる犯罪の取り締まりだ。
この手の仕事は、給料や待遇が良いところも多い。その分仕事内容は過酷なのだが、今のクリスにとっては、それでもなお魅力的だった。
それに、実はけっこう自信もあるのだ。
「体力や武術なら、小さい頃から村の道場に通って鍛えていたから、いけるはず」
元々、兄弟達につられてはじめたものだったが、才能があったのか、いつの間にか誰よりも強くなった。
何より、選り好みなどしている場合でない状況で、これだけ良いところをみつけたのだ。挑戦してみる価値は十分にある。
しかし、再びチラシに目を通したところで、興奮が一瞬にして冷める。
「……なにこれ。募集してるの、男だけ?」
男性のみ。
非情なことに、募集要項にはハッキリとそう記されていた。つまり、女のクリスには挑戦することすらできないというわけだ。
「そんな……」
通常女性は男性と比べて、どうしても体力筋力といった面で遅れをとることが多い。そのためこういった職種で、男性限定で募集するというのは珍しくなかった。
しかし、これが最後のチャンスと思っていたクリスには、到底納得がいかなかった。
「そりゃ、入隊テスト受けてダメだったって言われたら仕方ないけどさ、それもできずに女ってだけの理由で諦めろって言うのは、あんまりじゃない!」
言ってどうにかなるわけでもないが、それでも不満が止まらない。
「私が男だったらよかったのに。村の道場で稽古していたころは、男みたいだってからかわれたこともあったんだけどな」
からかった相手はすぐに成敗したが、今はむしろ男になりたかった。そうすれば、無事入隊できるかもしれないのに。
「……ん。まてよ?」
その時、クリスの頭にある考えが浮かんだ。
突拍子もなく非常識。そして失敗したら、きっと大変なことになる。だがうまくいけば、一気に問題を解決できる……かもしれない。
そして今の彼女には、手段を選んでいる余裕などなかった。
「ダメで元々。一か八か、やってみるしかない」
結果として、クリスのこの目論見は見事成功。無事、ナナレンの警備隊へと入隊することになる。
ただし、クリスティーナ=クロスではなく、クリストファー=クロスと名乗り、男性として入った。
クリスの考えた、女の身で警備隊に入る方法。それは、性別を男と偽るというものだった。
「我ながら、よくあんな手を考えたものだよね」
一人水浴びをしながら、クリスは半年前の事を思い出す。
なけなしのお金で男物の服を揃え、髪をちょっぴり短くし、口調を男性のものへと変える。名前も、本名のクリスティーナではなく、クリストファーと名乗った。
そうして入隊試験に挑んだところ、見事合格。以来、この駐屯所の近くにある寮に住み、ずっと男として通してきている。
無茶苦茶なやり方だが、その無茶が、今までうまくいっていた。
幸い、寮は一人部屋だったため、自分の部屋の中では自由にできた。
最も不安だったのは、駐屯所内での着替え。それに、今のような水浴びだ。
それらはあの手この手を使って、誰にも見られないようにしてきた。今だって、こうして他の隊員達とは時間をずらしてやっている。
そんなことを続けてきた結果、最初の方こそいつ女とバレるのではないかとビクビクしていたが、今のところ一向にその気配はない。
運がよかったのか、自分の男装が完璧なのかは知らないが、案外なんとかなるもんだ。
「あの時の私、ナイス」
過去の自分に心の中で拍手を贈る。あのまま就職できずにいたら、今頃どうなっていたかわからない。
しかし、女性というのを隠しての生活も、もう半年。そのため、どこかで油断していたのかもしれない。
全身についた汗と汚れを落とし、近くに置いたタオルに手を伸ばしたその時だった。不意に、水浴び場の扉が開き、誰かが入ってきた。
「なんだ。まだ誰かいたのか?」
「えっ──?」
入って来たのは、ヒューゴだった。このタイミングで、自分以外の誰かがいるとは思っていなかったのだろう。ひょいとこちらを覗きこみ、そこにいるのは誰かと確認してくる。
そして、時が止まった。
「ク………クリス?」
個別の洗い場は、一応敷居は設けられているものの、あくまで簡単なもの。少し首を伸ばせば、お互いの姿は全て丸見えになる。
当然、クリスの姿も、全てヒューゴに晒されることとなる。一糸纏わぬ姿をだ。
「ヒュ……ヒューゴ総隊長?」
自らのとんでもない格好を見られ、さらに目の前には、それと同等の姿のヒューゴがいる。
その事実を理解したとたん、彼女の中の何かが壊れた。
「ふ…………ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
クリス。それにヒューゴの、割れんばかりの絶叫が、辺りに響いた。