性別を隠して警備隊に入ったのがバレたら、女嫌いの総隊長の偽恋人になりました。

どうかクビだけはご勘弁を

「えぇっ!」
「何を驚くことがある。女はこの隊にはいられないと、お前ならよく知ってるだろう」
「それは……」
 そりゃそうだ。でなければ、わざわざ性別を偽ったりしない。
 しかしそれでも、簡単に引き下がるわけにはいかなかった。
「お願いします。どうかここにいさせてください。このままじゃ、仕事も住む場所もなくなってしまいます!」
 完全に自分が悪いとはいえ、このままでは半年前の悪夢の再来になってしまう。
 警備隊の採用条件というのは、そこの総隊長の裁量によるものが大きい。ここでヒューゴが了承さえしてくれたら、今まで通りでいることも可能だ。
 だがどれだけ必死に懇願しようと、ヒューゴの意思は変わらない。
「そんなもの認められるわけないだろ。本来なら不正を働いたということで捕らえてもいいんだぞ。それをしないのは、その境遇と今までの働きに免じてのことだ。だがそれ以上は知らん!」
「そこをなんとか。今までの二倍働きますから!」
「しつこい!」
 無茶を言っているのはわかっているが、それでもクリスは必死だった。必死になるあまり、頼んでいるうちに徐々にヒューゴとの距離が近くなる。
 そして気づけば、彼の手を掴んでいた。その瞬間、ヒューゴの顔色が変わる。
「お、お、女が俺に触るなーーーっ!」
「あっ! ご、ごめんなさいっ!」
 うっかり忘れていたが、ヒューゴは女性が大の苦手。触れられでもしたら、とたんに体の調子が悪くなる。
 慌てて手を離すが、一度手を握ってしまった以上、たちまち顔色が悪くなり、最低でも吐き気を催す。はずだった。
 しかし──
「ん? 平気だ、何ともない」
 ヒューゴは驚きはしたものの、顔色が悪くなるわけでも、体の調子がおかしくなるわけでもなかった。
「あの……大丈夫なのですか?」
「う、うむ、そのようだな。どうやら、お前をずっと男だと認識していたせいで、触れても平気になっているらしい」
 戸惑うヒューゴだが、驚いているのはクリスも同じだ。彼女が知る限り、ヒューゴは老若美醜問わず、女性に触れられると体に変調をきたしていた。
 しかしよく考えてみれば、クリスのみは例外だった。
 もちろんそれは、クリスを男だと思っていたからだろうが、その積み重ねが、免疫のようなものを作っていったらしい。
「じゃあ総隊長は、私になら触っても平気なのですね。なら、私が隊に残っても大丈夫なのでは?」
 この奇跡に、一縷の望みをかけてみる。しかし、そう甘くはなかった。
「ダメだ。たとえ俺に触れて大丈夫だったとしても、一度特例を認めれば、また女が入ってくることになりかねん」
「そんな。それって、自分が女の人が苦手だから嫌だってことですよね。公私混同じゃないですか」
「ああそうだ。ついでに言えば、女だから悪いなどと言う気もない。俺が個人的に嫌いで苦手なだけだ。だが、俺は自分の身を守るため、徹底的に公私混同する!」
「なぁっ!?」
 公私混同とハッキリ認められた。しかしその上でこうも開き直られてしまうと、かえって何も言えなくなる。
 さらに、ヒューゴの言い分はそれだけではなかった。
「言っておくが、俺個人の都合を抜きにしても、クビなのは変わらんぞ。不正を行い入隊するような奴を、隊員として認めるわけにはいかないだろう」
「うぅっ、そんな……」
 改めてクビを言い渡され、本当におしまいなのだと、思い知らされる。女とバレた時点でこうなることは予想していたが、やはりショックは大きかった。
 いったいこれからどうすればいいんだろう。込み上げてくる不安から、気がつけば目に涙が滲み始めた。
 しかし、それをヒューゴが止めた。
「泣くな。泣くならせめて、俺のいないところにしろ」
「す、すみません!」
 慌てて涙を拭い、それ以上出てくるのを堪える。
 その様子を、てヒューゴが言う。
「こんな時でも、泣くなと言われたら泣くのを止めるんだな」
「だ、だって総隊長、泣いている女の人が特に苦手だったじゃないですか」
 女が苦手なヒューゴだが、中でも泣いている姿は、見るだけで調子が悪くなる。
 クリスの場合、触れても気分は悪くならないのだし、泣いている姿もある程度平気かもしれないが、それでもいい気分はしないだろう。
 泣きたい気持ちがある一方で、今までずっと騙していた負い目もちゃんとある。できればこれ以上困らせたくはないと、変なところで生真面目さを発揮していた。
 すると、ヒューゴの表情が少しだけ和らぐ。
「その愚直さに免じて、退職金は出してやる。それで安い部屋を借りれば、少しの間は暮らしていけるだろう。その間に次の仕事をみつけろ」
「えっ? でも……」
 退職金と聞いて、クリスは戸惑う。
 なにしろ、入隊してまだ半年。この短い期間では、普通は退職金など出ないか、出ても極わずかだろう。そもそも不正がバレてクビになる身。支払われるなど、全く考えていなかった。
「隊の金庫からでなく、俺個人が支払えば問題あるまい。今日の戦いではお前に命を助けられたから、その礼だ。これが、俺にできる最大限の譲歩だが、これでもまだ不服か?」
「それは……」
 もちろん、クビになるのは嫌だ。だがそれを言っても、ヒューゴが意志を変えることはないだろう。
 それに、これがヒューゴなりの気づかいだというのも理解できた。彼が、部下には親身になってくれる人だというのを、クリスはこの半年の間でよく知っていた。
 それを思うと、これ以外の答えなどありはしなかった。
「うぅ……お心遣い、ありがとうございます。今日までお世話になりました」
 少しの葛藤の後に、お礼の言葉を言い頭を下げる。
 こうして、この日クリスは、正式に警備隊をやめることとなった。
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