性別を隠して警備隊に入ったのがバレたら、女嫌いの総隊長の偽恋人になりました。
女とバレた後の周囲の反応
クリスが女であることがばれ、警備隊を辞めることになった翌日、彼女は再び警備隊本舎に来ていた。
辞めるとなれば手続きが必要になり、しかも辞める理由が理由なだけに、その扱いは非常にややこしいことになっているのだ。
そんなややこしい手続きもようやく一段落し、クリスは休憩所の椅子に腰を下ろす。
そこで、近くにいた何人かが、遠慮がちにこちらを見ているのに気づく。
(やっぱり、注目されるよね)
クリスが女だということ。それに警備隊を辞めるということは、既に他の隊員達にも知れ渡っていた。
ほとんどの者は、 最初それを聞いてまさかと思ったが、今のクリスは昨日までとは違い、女物の服装。それを見て、嫌でも真実を思い知らされた。
そんな中、クリスに声をかけてくる者がいた。キーロンだ。
「よ、よう、クリス。いや、クリストファーってのは、偽名だったんだよな。なんて呼べばいいんだ?」
「えっと、本当の名前は、クリスチーヌって言います。だけど、元々クリスって呼ばれることが多かったので、そのままでかまいません」
「そ、そっか。男にしちゃかわいい顔してるなと思っていたが、まさか本当に女だったとはな」
キーロンは、戸惑いながらもまじまじとクリスの姿を見つめてくる。
やはり彼も、クリスが女だったという事実に、驚きを隠せないようだ。
「あの、今まで騙していて、すみませんでした」
謝りながら頭を下げようとするが、キーロンはそれを止めた。
「よせやい。迷惑をかけられたわけでもねーのに、謝られてもむず痒くなるだけだ。むしろ、お前がいてくれたおかげで助かったことの方が多かった」
「キーロンさん……」
「俺だけじゃねえよ。他のやつらだって、怒っている奴なんて一人もいねえ。クビになったのだって、なんとかなんねーのかって言ってる奴もけっこういるんだぜ」
「そうなんですか?」
知らなかった。そして、こんな時だというのに、凄く嬉しかった。
すると、今までそばで見ているだけだった者達も、徐々に側へと寄ってくる
「そりゃそうだ。一緒に戦ってきた仲だろ」
「その仲間が困っているなら、力にだってなってやりてえよ」
「皆さん……」
涙ぐみそうになり、なんとかそれをこらえる。
本当のことを言えば、真実を知ってしまった彼らと話すのが、怖くもあった。
怒られても決して文句は言えない。そう思っていたから、自分からは言葉をかけるなどできなかった。
なのに、こんなことを言われたら、嬉しくないわけがない。
「俺達で総隊長にどうにかならないか頼んでみてもいいが、どうする?」
「それは……」
すぐには言葉が出てこない。これがクビを言い渡された直後なら、迷わずそれにすがりついていただろう。この人達とまた一緒に働きたい。そんな思いは、今もある。
だけど同時に、クビから一夜明け、少し冷静にもなっていた。処分を下したヒューゴの言葉を思い出しながら、答える。
「ありがとうございます。だけどいいんです。元々不当な手段でここに入ったのは事実なのに、ヒューゴ総隊長には、精一杯の便宜を図っていただきました。寮を引き払った後に住む部屋だって決まりましたし、これ以上無理を言うわけにはいきません」
ヒューゴは退職金と称したものの、実際は身銭を切って生活費を工面してくれた。これから住むことになる部屋も、わざわざ手配してくれたものだ。
本来なら問答無用でクビになっても文句は言えないのに、こうまでしてもらってなお残りたいとは、さすがに言えなかった。
「そうか。お前がそれでいいって言うなら、引き留めるわけにもいかねえな。近くで働くなら、たまには顔を出しに来いよ」
皆を代表するようにキーロンが言うと、他の者達も、一人また一人と頷いていった。
「まあ、どのみち寮を出ていくのは正解だな。ほとんど若い男しかいないところに女一人でいるのは、どう考えてもよくねえだろうからよ」
「そ、そうなんでしょうか?」
最初から女として出会ったならともかく、今までずっと男だと思っていた相手を、いきなりそういう対象として見られるものなのか。その辺は、クリスにはよくわからなかった。
「ヒューゴ総隊長だって、私に触れても大丈夫でしたよ」
「本当か? そりゃすげえな。まあ、それでも一応、そういう用心はしておくに越したことはねえだろ。それとよ……」
そこでキーロンは、ばつの悪そうな表情で言う。
「俺、お前が男だと思ってる間、けっこうセクハラになるようなことしてなかったか? できれば、水に流してくれたらありがたいんだが」
「あぁ……」
そんな心当たりなら、いくつかあった。いや、けっこうあった。
渇を入れるために尻を叩かれたこともあったし、普段の話の中で、男性の欲にまみれた発言を何度も聞かされた。
むろん、クリスとしては反応に困るものも多かったが、それを責める気はなかった。
「私が女だって知らなかったんですから、仕方ないですよ」
「ありがとな。そんなこと、女房に知られたらどんな目にあうか」
ブルリと身を震わせるキーロン。数多くの修羅場を潜り抜けてきた彼だが、今まで戦ってきたどんな相手よりも、怒った奥さんの方が怖いそうだ。
そんなことを話していると、休憩所の扉が開き、新たに一人入ってきた。ヒューゴだ。
「お前達。休憩はとっくに終わっているぞ」
「えっ、もうそんな時間ですか!?」
「こいつと話がしたいなら、仕事終わりでもできるだろ。今はさっさと持ち場に戻れ」
ヒューゴに一喝され、皆慌てて持ち場に戻ろうとする。
クリスも、反射的に自分の持ち場に戻ろうとした。
「お前はもう隊員じゃないだろ」
「そ、そうでした」
慣れというのは、なかなか抜けないものだ。
だがヒューゴが声を掛けたのは、それを言うためだけではなかった。
「クリス。昨日話した退職金の件だが、渡すのは明日まで待ってくれないか。急な用事で、俺はこれから家に戻ることになったんだ」
「別にかまいませんけど」
今すぐもらえなければ生活できないなんてことはない。
それよりも、クリスとしてはヒューゴが急に家に戻るという方が気になった。
すると、そんなクリスの気持ちを代弁するような声がする。さっき出ていったはずのキーロンだ。
「おや。総隊長が早退するって珍しいですね」
「キーロン。仕事に戻れと言ったはずだろ」
「すみませんね。ちょっと忘れ物したんですよ。それにしても、急な用事って、何があったんです?」
すみませんと言ってる割には反省しているようには見えないが、キーロンの言う通り、ヒューゴが早退するというのは極めて珍しい。
ヒューゴはナナレンの街に屋敷を構えているのだが、仕事で帰るのが極端に遅くなることや、着替えを持ってきて泊まり込むことがしょっちゅうあり、隊員達の中では、この本舎に住んでいるようなものなどと言われている。
クリスの知る限りでも、早退したことなど記憶になかった。
するとヒューゴは、わかりやすいくらいに顔をしかめる。
「下らないことだ。ついさっき屋敷から使いの者が来て、急に親戚が訪ねて来たと知らせがあったんだよ。忙しい時に迷惑な話だ」
「総隊長の親戚というと、もしかしてお爺様である、アスター辺境伯ですか?」
ヒューゴの親戚など、クリスやキーロンにしてみれば、もちろん会ったことも見たこともない人だ。ただそれでも、彼の祖父の名前なら誰もが知っていた。
ランス=アスター辺境伯。ナナレンを含むこの地方一帯を治める領主であり、かつては異民族の大規模侵攻を幾度となく退けてきた英雄として、その名は国中に知れわたっている。
クリス達は、警備隊総隊長としてのヒューゴしか知らないためつい忘れがちになりそうだが、彼はそんな英雄の孫であり、国内でも有数の貴族の一員なのだ。
しかしヒューゴは首を横に振ると、不機嫌そうに話す。
「いや、来たのはもっと遠縁の親戚だ。分家とはいえ、俺にとっては叔母のようなものだが、事ある毎に見合いを勧めてくる、厄介な相手だよ」
「「見合い!?」」
意外な言葉を聞いて、クリスとキーロンは思わず顔を見合わせた。
辞めるとなれば手続きが必要になり、しかも辞める理由が理由なだけに、その扱いは非常にややこしいことになっているのだ。
そんなややこしい手続きもようやく一段落し、クリスは休憩所の椅子に腰を下ろす。
そこで、近くにいた何人かが、遠慮がちにこちらを見ているのに気づく。
(やっぱり、注目されるよね)
クリスが女だということ。それに警備隊を辞めるということは、既に他の隊員達にも知れ渡っていた。
ほとんどの者は、 最初それを聞いてまさかと思ったが、今のクリスは昨日までとは違い、女物の服装。それを見て、嫌でも真実を思い知らされた。
そんな中、クリスに声をかけてくる者がいた。キーロンだ。
「よ、よう、クリス。いや、クリストファーってのは、偽名だったんだよな。なんて呼べばいいんだ?」
「えっと、本当の名前は、クリスチーヌって言います。だけど、元々クリスって呼ばれることが多かったので、そのままでかまいません」
「そ、そっか。男にしちゃかわいい顔してるなと思っていたが、まさか本当に女だったとはな」
キーロンは、戸惑いながらもまじまじとクリスの姿を見つめてくる。
やはり彼も、クリスが女だったという事実に、驚きを隠せないようだ。
「あの、今まで騙していて、すみませんでした」
謝りながら頭を下げようとするが、キーロンはそれを止めた。
「よせやい。迷惑をかけられたわけでもねーのに、謝られてもむず痒くなるだけだ。むしろ、お前がいてくれたおかげで助かったことの方が多かった」
「キーロンさん……」
「俺だけじゃねえよ。他のやつらだって、怒っている奴なんて一人もいねえ。クビになったのだって、なんとかなんねーのかって言ってる奴もけっこういるんだぜ」
「そうなんですか?」
知らなかった。そして、こんな時だというのに、凄く嬉しかった。
すると、今までそばで見ているだけだった者達も、徐々に側へと寄ってくる
「そりゃそうだ。一緒に戦ってきた仲だろ」
「その仲間が困っているなら、力にだってなってやりてえよ」
「皆さん……」
涙ぐみそうになり、なんとかそれをこらえる。
本当のことを言えば、真実を知ってしまった彼らと話すのが、怖くもあった。
怒られても決して文句は言えない。そう思っていたから、自分からは言葉をかけるなどできなかった。
なのに、こんなことを言われたら、嬉しくないわけがない。
「俺達で総隊長にどうにかならないか頼んでみてもいいが、どうする?」
「それは……」
すぐには言葉が出てこない。これがクビを言い渡された直後なら、迷わずそれにすがりついていただろう。この人達とまた一緒に働きたい。そんな思いは、今もある。
だけど同時に、クビから一夜明け、少し冷静にもなっていた。処分を下したヒューゴの言葉を思い出しながら、答える。
「ありがとうございます。だけどいいんです。元々不当な手段でここに入ったのは事実なのに、ヒューゴ総隊長には、精一杯の便宜を図っていただきました。寮を引き払った後に住む部屋だって決まりましたし、これ以上無理を言うわけにはいきません」
ヒューゴは退職金と称したものの、実際は身銭を切って生活費を工面してくれた。これから住むことになる部屋も、わざわざ手配してくれたものだ。
本来なら問答無用でクビになっても文句は言えないのに、こうまでしてもらってなお残りたいとは、さすがに言えなかった。
「そうか。お前がそれでいいって言うなら、引き留めるわけにもいかねえな。近くで働くなら、たまには顔を出しに来いよ」
皆を代表するようにキーロンが言うと、他の者達も、一人また一人と頷いていった。
「まあ、どのみち寮を出ていくのは正解だな。ほとんど若い男しかいないところに女一人でいるのは、どう考えてもよくねえだろうからよ」
「そ、そうなんでしょうか?」
最初から女として出会ったならともかく、今までずっと男だと思っていた相手を、いきなりそういう対象として見られるものなのか。その辺は、クリスにはよくわからなかった。
「ヒューゴ総隊長だって、私に触れても大丈夫でしたよ」
「本当か? そりゃすげえな。まあ、それでも一応、そういう用心はしておくに越したことはねえだろ。それとよ……」
そこでキーロンは、ばつの悪そうな表情で言う。
「俺、お前が男だと思ってる間、けっこうセクハラになるようなことしてなかったか? できれば、水に流してくれたらありがたいんだが」
「あぁ……」
そんな心当たりなら、いくつかあった。いや、けっこうあった。
渇を入れるために尻を叩かれたこともあったし、普段の話の中で、男性の欲にまみれた発言を何度も聞かされた。
むろん、クリスとしては反応に困るものも多かったが、それを責める気はなかった。
「私が女だって知らなかったんですから、仕方ないですよ」
「ありがとな。そんなこと、女房に知られたらどんな目にあうか」
ブルリと身を震わせるキーロン。数多くの修羅場を潜り抜けてきた彼だが、今まで戦ってきたどんな相手よりも、怒った奥さんの方が怖いそうだ。
そんなことを話していると、休憩所の扉が開き、新たに一人入ってきた。ヒューゴだ。
「お前達。休憩はとっくに終わっているぞ」
「えっ、もうそんな時間ですか!?」
「こいつと話がしたいなら、仕事終わりでもできるだろ。今はさっさと持ち場に戻れ」
ヒューゴに一喝され、皆慌てて持ち場に戻ろうとする。
クリスも、反射的に自分の持ち場に戻ろうとした。
「お前はもう隊員じゃないだろ」
「そ、そうでした」
慣れというのは、なかなか抜けないものだ。
だがヒューゴが声を掛けたのは、それを言うためだけではなかった。
「クリス。昨日話した退職金の件だが、渡すのは明日まで待ってくれないか。急な用事で、俺はこれから家に戻ることになったんだ」
「別にかまいませんけど」
今すぐもらえなければ生活できないなんてことはない。
それよりも、クリスとしてはヒューゴが急に家に戻るという方が気になった。
すると、そんなクリスの気持ちを代弁するような声がする。さっき出ていったはずのキーロンだ。
「おや。総隊長が早退するって珍しいですね」
「キーロン。仕事に戻れと言ったはずだろ」
「すみませんね。ちょっと忘れ物したんですよ。それにしても、急な用事って、何があったんです?」
すみませんと言ってる割には反省しているようには見えないが、キーロンの言う通り、ヒューゴが早退するというのは極めて珍しい。
ヒューゴはナナレンの街に屋敷を構えているのだが、仕事で帰るのが極端に遅くなることや、着替えを持ってきて泊まり込むことがしょっちゅうあり、隊員達の中では、この本舎に住んでいるようなものなどと言われている。
クリスの知る限りでも、早退したことなど記憶になかった。
するとヒューゴは、わかりやすいくらいに顔をしかめる。
「下らないことだ。ついさっき屋敷から使いの者が来て、急に親戚が訪ねて来たと知らせがあったんだよ。忙しい時に迷惑な話だ」
「総隊長の親戚というと、もしかしてお爺様である、アスター辺境伯ですか?」
ヒューゴの親戚など、クリスやキーロンにしてみれば、もちろん会ったことも見たこともない人だ。ただそれでも、彼の祖父の名前なら誰もが知っていた。
ランス=アスター辺境伯。ナナレンを含むこの地方一帯を治める領主であり、かつては異民族の大規模侵攻を幾度となく退けてきた英雄として、その名は国中に知れわたっている。
クリス達は、警備隊総隊長としてのヒューゴしか知らないためつい忘れがちになりそうだが、彼はそんな英雄の孫であり、国内でも有数の貴族の一員なのだ。
しかしヒューゴは首を横に振ると、不機嫌そうに話す。
「いや、来たのはもっと遠縁の親戚だ。分家とはいえ、俺にとっては叔母のようなものだが、事ある毎に見合いを勧めてくる、厄介な相手だよ」
「「見合い!?」」
意外な言葉を聞いて、クリスとキーロンは思わず顔を見合わせた。