公爵令嬢ヘレーネの幸せな結婚
02 富豪の候世子
トゥルン・ウント・タクシス侯世子アントンとの婚約が決まってから、悲劇の公爵令嬢ヘレーネの生活は一変した。
アントンは次々と贈り物を公爵宮殿に届けた。
繊細な刺繍が施されたドレスや小物類、各地の銘菓、彼女の好みに合わせて特注された美しい宝飾品——その全てが、タクシス家の富豪としての力を見せつけるかのように、絶えることなく続いた。
「新婚のための城館ですって……?」
ヘレーネは驚きのあまり建築図を見つめた。
贈り物の中でもひときわ驚いたのは、アントンとの新婚時代を過ごすための城館を建てるという計画だった。
タクシス家の財力がいかに膨大で、並外れたものであるかを改めて実感した瞬間だった。
バイエルン王女として生を享けた母ルドヴィカから、未来の妃となるべく厳格な教育を受けて育ったヘレーネは、慎ましやかな生活を常に心掛けていた。
それが今や、新婚生活のためだけに城館が建てられるというのだ。王族をも凌ぐ財力を持つ欧州屈指の富豪には、ただ驚嘆するしかなかった。
バイエルン王国の姫を迎えるにあたり、タクシス家の並々ならぬ準備と誠意が伝わり、ヘレーネを歓迎しているのだと心が温かくなった。
「ヘレーネ、どう思う?」
アントンが図面を広げて、彼女の隣に座った。
翠緑の瞳は、夢見る少年のように期待で輝いている。
「とても素敵ね……食堂と応接間の間にあるこの部屋を、壁で仕切って、こちら側の部屋を広く使えるようにするのはどうかしら?」
ヘレーネは建築図の一部を指さしながら、提案した。
頭の中には、優雅に波打つ天鵞絨のカーテン、煌めく水晶硝子のシャンデリアなど、内装のイメージが次々と浮かぶ。
「ほら、こことここにドアをつけて……そうすれば、もっと居心地がよくなるわ」
彼女が熱心に説明すると、アントンは微笑みながら頷いた。
その瞳には、蕩けるような甘さが宿る。
アントンはヘレーネの手を取り、指先に軽く口付けた。そして、彼女の耳元に口を寄せて囁いた。
「新婚生活が待ち遠しいよ」
耳元で囁かれて、ヘレーネは顔が熱くなるのを感じた。
彼の熱い視線が彼女を捉え、甘く、優しく見つめている。
ヘレーネは思わず目をそらした。
「……私も、楽しみよ。」
照れ隠しにそっぽを向いて呟いた彼女の言葉に、アントンは顔を綻ばせる。
ヘレーネの胸の奥がじんわりと熱くなる。
新生活への期待が心が弾み、二人で歩む未来が待ち遠しくなった。
しかし、そんな彼女の日々に、影を落とす知らせが突然届いた。
王宮からの呼び出し——まるで降って湧いたかのような一報に、ヘレーネは息を飲んだ。
何が起こったのか理解する間もなく、公爵である父と共に宮殿へ赴くことになった。
正装を整え、父であるバイエルン公爵マクシミリアン・ヨーゼフと共に、王宮の重々しい扉をくぐった瞬間、ヘレーネの胸には、言葉にしがたい不安が走った。
何か良くないことが起こる——そんな予感が、彼女の心の奥底で警鐘を鳴らしていた。
「公爵、そしてヘレーネ公女、今日は重要な話がある。」
バイエルン王マクシミリアン2世の視線がヘレーネに向けられると、その瞳には穏やかさと共に、何か別の厳しさが含まれているように感じた。
「トゥルン・ウント・タクシス侯爵世子との婚約についてだが……我が国の伝統と慣例を考慮し、王家の公女が侯爵家の子息と婚姻を結ぶことは、許可することができない」
その瞬間、ヘレーネは自分の心が凍りつくのを感じた。
言葉が出なかった。
期待していた未来が、すべて音を立てて崩れ去っていくかのように思えた。
公爵である父は、堅く顔を引き締めていたが、その眉間には明らかな困惑と怒りがにじんでいた。
「しかし、陛下……」
父のマクシミリアン・ヨーゼフ公が口を開きかけたが、国王はそれを制するように手を上げた。
「タクシス家がどれほどの富を誇っていようとも、王家に連なる姫が、貴族に嫁ぐことは、バイエルン王国の威厳を傷つける恐れがある。王国の国威を守るためにも、この婚姻を許可することはできない」
ヘレーネは目の前が暗くなるような感覚を覚えた。
今まで築き上げてきた期待が、一瞬にして壊れてしまったのだ。
その場に立ち尽くし、ただ唇を噛みしめるしかなかった。
アントンは次々と贈り物を公爵宮殿に届けた。
繊細な刺繍が施されたドレスや小物類、各地の銘菓、彼女の好みに合わせて特注された美しい宝飾品——その全てが、タクシス家の富豪としての力を見せつけるかのように、絶えることなく続いた。
「新婚のための城館ですって……?」
ヘレーネは驚きのあまり建築図を見つめた。
贈り物の中でもひときわ驚いたのは、アントンとの新婚時代を過ごすための城館を建てるという計画だった。
タクシス家の財力がいかに膨大で、並外れたものであるかを改めて実感した瞬間だった。
バイエルン王女として生を享けた母ルドヴィカから、未来の妃となるべく厳格な教育を受けて育ったヘレーネは、慎ましやかな生活を常に心掛けていた。
それが今や、新婚生活のためだけに城館が建てられるというのだ。王族をも凌ぐ財力を持つ欧州屈指の富豪には、ただ驚嘆するしかなかった。
バイエルン王国の姫を迎えるにあたり、タクシス家の並々ならぬ準備と誠意が伝わり、ヘレーネを歓迎しているのだと心が温かくなった。
「ヘレーネ、どう思う?」
アントンが図面を広げて、彼女の隣に座った。
翠緑の瞳は、夢見る少年のように期待で輝いている。
「とても素敵ね……食堂と応接間の間にあるこの部屋を、壁で仕切って、こちら側の部屋を広く使えるようにするのはどうかしら?」
ヘレーネは建築図の一部を指さしながら、提案した。
頭の中には、優雅に波打つ天鵞絨のカーテン、煌めく水晶硝子のシャンデリアなど、内装のイメージが次々と浮かぶ。
「ほら、こことここにドアをつけて……そうすれば、もっと居心地がよくなるわ」
彼女が熱心に説明すると、アントンは微笑みながら頷いた。
その瞳には、蕩けるような甘さが宿る。
アントンはヘレーネの手を取り、指先に軽く口付けた。そして、彼女の耳元に口を寄せて囁いた。
「新婚生活が待ち遠しいよ」
耳元で囁かれて、ヘレーネは顔が熱くなるのを感じた。
彼の熱い視線が彼女を捉え、甘く、優しく見つめている。
ヘレーネは思わず目をそらした。
「……私も、楽しみよ。」
照れ隠しにそっぽを向いて呟いた彼女の言葉に、アントンは顔を綻ばせる。
ヘレーネの胸の奥がじんわりと熱くなる。
新生活への期待が心が弾み、二人で歩む未来が待ち遠しくなった。
しかし、そんな彼女の日々に、影を落とす知らせが突然届いた。
王宮からの呼び出し——まるで降って湧いたかのような一報に、ヘレーネは息を飲んだ。
何が起こったのか理解する間もなく、公爵である父と共に宮殿へ赴くことになった。
正装を整え、父であるバイエルン公爵マクシミリアン・ヨーゼフと共に、王宮の重々しい扉をくぐった瞬間、ヘレーネの胸には、言葉にしがたい不安が走った。
何か良くないことが起こる——そんな予感が、彼女の心の奥底で警鐘を鳴らしていた。
「公爵、そしてヘレーネ公女、今日は重要な話がある。」
バイエルン王マクシミリアン2世の視線がヘレーネに向けられると、その瞳には穏やかさと共に、何か別の厳しさが含まれているように感じた。
「トゥルン・ウント・タクシス侯爵世子との婚約についてだが……我が国の伝統と慣例を考慮し、王家の公女が侯爵家の子息と婚姻を結ぶことは、許可することができない」
その瞬間、ヘレーネは自分の心が凍りつくのを感じた。
言葉が出なかった。
期待していた未来が、すべて音を立てて崩れ去っていくかのように思えた。
公爵である父は、堅く顔を引き締めていたが、その眉間には明らかな困惑と怒りがにじんでいた。
「しかし、陛下……」
父のマクシミリアン・ヨーゼフ公が口を開きかけたが、国王はそれを制するように手を上げた。
「タクシス家がどれほどの富を誇っていようとも、王家に連なる姫が、貴族に嫁ぐことは、バイエルン王国の威厳を傷つける恐れがある。王国の国威を守るためにも、この婚姻を許可することはできない」
ヘレーネは目の前が暗くなるような感覚を覚えた。
今まで築き上げてきた期待が、一瞬にして壊れてしまったのだ。
その場に立ち尽くし、ただ唇を噛みしめるしかなかった。