公爵令嬢ヘレーネの幸せな結婚
04 運命の開拓
己の運命は、自らの手で切り拓く──。
かつて、オーストリア皇帝との見合いでは、皇帝が妹エリーザベトに惹かれていく様を、なす術もなくただ呆然と見つめていた。
しかし、今は違う。
王命に背き、家門を捨てることになっても、共に生きる──それが二人の決意だった。
そして気持ちを確かめ合った翌朝、この決断をそれぞれの両親に報告することにした。
まず向かったのは、ヘレーネの父であるバイエルン公爵マクシミリアン・ヨーゼフのもとだった。
自由を何よりも愛し、束縛を嫌う父なら、必ず理解してくれるはずだとヘレーネは確信していた。
マクシミリアン・ヨーゼフは、社交界や宮廷の格式張ったしきたりを嫌い、夫婦仲は冷え切っていたが、子供たちへの愛情は揺るぎなく深い愛を注いでくれる。
彼は書斎で新聞を読んでいたが、ヘレーネとアントンが並んで入ってくると、すぐに顔を上げ、その真剣な表情に気づいた。
「お父様、お話があります」
ヘレーネはアントンと視線を交わし、互いに頷き合う。
アントンが口火を切った。
「公爵様、私はヘレーネ公女と結婚する決意を固めました。王命に逆らい、たとえ家門を捨てることになっても、彼女と共に生きたいと考えています」
マクシミリアン・ヨーゼフは一瞬の沈黙の後、豪快に笑い出した。
「それでこそ、私の娘だ!アントン君、君も立派だ!格式なんてくだらない。愛する人と共に生きたいなら、それ以上に大事なことはない。お前たちを全面的に応援しよう!」
その言葉に、ヘレーネとアントンは驚きつつも、心の底から安堵した。
父の力強い支持は、二人の強力な援軍となる。
「君たちの幸せを心から願っているよ」
ヘレーネとアントンは父の温かい言葉に深く感謝し、書斎を後にした。
廊下を歩く途中で、ふと前方に立つ人影が目に入った。
窓辺に佇むのは、ヘレーネの母、ルドヴィカである。
ルドヴィカはじっと二人を見つめ、その瞳には深い影が宿っていた。
ヘレーネは思わず身構えた。
バイエルン王女として生を享けたルドヴィカは、常に娘を王族に嫁がせることに執念を燃やし、特に大人しく従順なヘレーネに、ルドヴィカは他の娘たち以上に厳しく妃教育を施し、並々ならぬ期待を寄せていたのだ。
そんな娘が、今まさにバイエルン国王の王命に逆らおうとしている。
母の怒りがどれほど激しいものになるか、想像するだけで息が詰まった。
ヒステリックになりがちな母が、もし怒りを爆発させたらどうなるか——。
ヘレーネは背筋に冷たい汗が落ちる。
「ヘレーネ、候世子……」
母の声は、いつもの厳しい調子ではなかった。
ヘレーネの予想を覆すほど優しく、まるで、憑き物が落ちたように穏やかだった。
ルドヴィカの表情は、どこか遠くを見つめるように哀愁を帯びている。
「あなたたちは決断できたのね。……候世子閣下、娘を幸せにしてくださいね」
その一言に、ヘレーネは思わず言葉を失った。
これまで自分を厳しくしつけ、完璧を求め続けた母から、こんなにも穏やかな祝福を受けるとは思っていなかった。
ヘレーネは思わずアントンの手を強く握りしめた。
アントンは、丁寧に会釈をし、誠実な声で答えた。
「公爵夫人、心より感謝申し上げます。私は、ヘレーネ公女といかなる時も共に歩む覚悟です。どうかこれからも、私たちをお見守りください」
ルドヴィカは、彼の言葉に目を細めた。
アントンの真剣さが伝わり、心から安心したようだった。
「お母様……認めてくださって、ありがとうございます」
感謝で声が震えるヘレーネに、ルドヴィカは泣きそうな笑顔で近づき、そっと頬を撫でた。
「あなたの選んだ道を、進みなさい。どんな道であれ、あなた自身が選んだ道なら、後悔することはないわ……」
ルドヴィカは窓辺へと歩み寄った。
窓の外には、木々が風に揺れ、穏やかな陽光が降りそそぐ。
愛する娘が、愛する人に手をひかれ馬車に乗り込んでいく。
ルドヴィカは、二人が乗った馬車を見送りながら、ふと遠い昔を思い出していた。
彼女自身もかつて、愛する人と共に生きることを夢見た。
しかし、国王である父に背けず、その夢は叶わなかった。
ルドヴィカはその恋を胸に抱いたまま、公爵家へと降嫁したのだ。
今、娘が自らの意志で愛を選び、自由に生きる姿を見て、心の奥底に小さな安堵が広がると同時に、叶わなかった自身の夢への羨望が渦巻いていた。
「ヘレーネ…...あなたの未来に、幸あれ……」
そう呟くと、ルドヴィカはかつて愛した王子が統治するポルトガルの地へ想いを馳せた。
バイエルン公爵夫妻の許可を取り付けた二人は、最後に、アントンの父、トゥルン・ウント・タクシス侯マクシミリアン・カールのもとへ向かった。
気品と優美さを漂わせた美丈夫であるマクシミリアン・カールは、ヘレーネを大歓迎した。
アントンは父の目を見据え告げる。
「父上、私はヘレーネ公女と結婚することを決めました。たとえ家門を追放されることになっても、彼女と共に人生を歩みます」
マクシミリアン・カールは何度も頷き、まるで我がことのように喜びを溢れさせた。
「そうか、ついに夢が叶ったな、我が息子よ。愛を勝ち取ったことを心から誇りに思う。人生は一度きりだ。迷わず愛する人と共に歩んでいきなさい」
マクシミリアン・カールはヘレーネにも目を向け、柔らかく微笑んだ。
「ヘレーネ公女殿下、たとえ追放されようとも、生活の心配はいりません。私が君たちを支えます。どうか、これからは義理の父として頼ってほしい」
お互いの両親の許可を得たヘレーネは、更なる攻勢に打って出ることにした。
かつて、オーストリア皇帝との見合いでは、皇帝が妹エリーザベトに惹かれていく様を、なす術もなくただ呆然と見つめていた。
しかし、今は違う。
王命に背き、家門を捨てることになっても、共に生きる──それが二人の決意だった。
そして気持ちを確かめ合った翌朝、この決断をそれぞれの両親に報告することにした。
まず向かったのは、ヘレーネの父であるバイエルン公爵マクシミリアン・ヨーゼフのもとだった。
自由を何よりも愛し、束縛を嫌う父なら、必ず理解してくれるはずだとヘレーネは確信していた。
マクシミリアン・ヨーゼフは、社交界や宮廷の格式張ったしきたりを嫌い、夫婦仲は冷え切っていたが、子供たちへの愛情は揺るぎなく深い愛を注いでくれる。
彼は書斎で新聞を読んでいたが、ヘレーネとアントンが並んで入ってくると、すぐに顔を上げ、その真剣な表情に気づいた。
「お父様、お話があります」
ヘレーネはアントンと視線を交わし、互いに頷き合う。
アントンが口火を切った。
「公爵様、私はヘレーネ公女と結婚する決意を固めました。王命に逆らい、たとえ家門を捨てることになっても、彼女と共に生きたいと考えています」
マクシミリアン・ヨーゼフは一瞬の沈黙の後、豪快に笑い出した。
「それでこそ、私の娘だ!アントン君、君も立派だ!格式なんてくだらない。愛する人と共に生きたいなら、それ以上に大事なことはない。お前たちを全面的に応援しよう!」
その言葉に、ヘレーネとアントンは驚きつつも、心の底から安堵した。
父の力強い支持は、二人の強力な援軍となる。
「君たちの幸せを心から願っているよ」
ヘレーネとアントンは父の温かい言葉に深く感謝し、書斎を後にした。
廊下を歩く途中で、ふと前方に立つ人影が目に入った。
窓辺に佇むのは、ヘレーネの母、ルドヴィカである。
ルドヴィカはじっと二人を見つめ、その瞳には深い影が宿っていた。
ヘレーネは思わず身構えた。
バイエルン王女として生を享けたルドヴィカは、常に娘を王族に嫁がせることに執念を燃やし、特に大人しく従順なヘレーネに、ルドヴィカは他の娘たち以上に厳しく妃教育を施し、並々ならぬ期待を寄せていたのだ。
そんな娘が、今まさにバイエルン国王の王命に逆らおうとしている。
母の怒りがどれほど激しいものになるか、想像するだけで息が詰まった。
ヒステリックになりがちな母が、もし怒りを爆発させたらどうなるか——。
ヘレーネは背筋に冷たい汗が落ちる。
「ヘレーネ、候世子……」
母の声は、いつもの厳しい調子ではなかった。
ヘレーネの予想を覆すほど優しく、まるで、憑き物が落ちたように穏やかだった。
ルドヴィカの表情は、どこか遠くを見つめるように哀愁を帯びている。
「あなたたちは決断できたのね。……候世子閣下、娘を幸せにしてくださいね」
その一言に、ヘレーネは思わず言葉を失った。
これまで自分を厳しくしつけ、完璧を求め続けた母から、こんなにも穏やかな祝福を受けるとは思っていなかった。
ヘレーネは思わずアントンの手を強く握りしめた。
アントンは、丁寧に会釈をし、誠実な声で答えた。
「公爵夫人、心より感謝申し上げます。私は、ヘレーネ公女といかなる時も共に歩む覚悟です。どうかこれからも、私たちをお見守りください」
ルドヴィカは、彼の言葉に目を細めた。
アントンの真剣さが伝わり、心から安心したようだった。
「お母様……認めてくださって、ありがとうございます」
感謝で声が震えるヘレーネに、ルドヴィカは泣きそうな笑顔で近づき、そっと頬を撫でた。
「あなたの選んだ道を、進みなさい。どんな道であれ、あなた自身が選んだ道なら、後悔することはないわ……」
ルドヴィカは窓辺へと歩み寄った。
窓の外には、木々が風に揺れ、穏やかな陽光が降りそそぐ。
愛する娘が、愛する人に手をひかれ馬車に乗り込んでいく。
ルドヴィカは、二人が乗った馬車を見送りながら、ふと遠い昔を思い出していた。
彼女自身もかつて、愛する人と共に生きることを夢見た。
しかし、国王である父に背けず、その夢は叶わなかった。
ルドヴィカはその恋を胸に抱いたまま、公爵家へと降嫁したのだ。
今、娘が自らの意志で愛を選び、自由に生きる姿を見て、心の奥底に小さな安堵が広がると同時に、叶わなかった自身の夢への羨望が渦巻いていた。
「ヘレーネ…...あなたの未来に、幸あれ……」
そう呟くと、ルドヴィカはかつて愛した王子が統治するポルトガルの地へ想いを馳せた。
バイエルン公爵夫妻の許可を取り付けた二人は、最後に、アントンの父、トゥルン・ウント・タクシス侯マクシミリアン・カールのもとへ向かった。
気品と優美さを漂わせた美丈夫であるマクシミリアン・カールは、ヘレーネを大歓迎した。
アントンは父の目を見据え告げる。
「父上、私はヘレーネ公女と結婚することを決めました。たとえ家門を追放されることになっても、彼女と共に人生を歩みます」
マクシミリアン・カールは何度も頷き、まるで我がことのように喜びを溢れさせた。
「そうか、ついに夢が叶ったな、我が息子よ。愛を勝ち取ったことを心から誇りに思う。人生は一度きりだ。迷わず愛する人と共に歩んでいきなさい」
マクシミリアン・カールはヘレーネにも目を向け、柔らかく微笑んだ。
「ヘレーネ公女殿下、たとえ追放されようとも、生活の心配はいりません。私が君たちを支えます。どうか、これからは義理の父として頼ってほしい」
お互いの両親の許可を得たヘレーネは、更なる攻勢に打って出ることにした。