愛してはいけないというあなたと
 艶子は薄ピンクと白で統一した、メルヘンチックな自分の部屋が気に入っていた。
これまで自室が一番落ち着く場所で、温かい気持ちになれた。

 それから、ベッド横の大きな出窓が好きで、庭の草木を眺めることが毎日の日課だった。
ブーゲンビリアの鮮やかなピンクや雪柳の美しい純白を見て、心癒されていた。
けれど、もうそれができない。

 艶子は今朝、少しもお日様の入らない部屋で目覚めて、絶望を感じた。

 体中が痛い。
 昨日、一日中慣れない掃除をしたせいだ。
いや、それより寝袋で寝かせられたせいかもしれない。

 艶子はこれまでの部屋から追い出されて、叔母から地下の一室を、「今日からここがお前の部屋だ」と与えられた。
父が好きなワインを寝かせている六畳ほどの部屋で、ワインセラーが並んでいるため、足を縮めなければ眠れないほど狭い。

 広々としたベッドでしか寝たことのなかった艶子。
外よりはマシでしょうと、意地悪な笑みを浮かべる叔母に腹が立ったけれど、歯向かえるはずもない。
 
 あまりの惨めさに、昨晩はなかなか寝付けなかった。

 父が亡くなり、立川もゆかりもいなくなり、誰も味方がいなくなってしまった。
家を奪われ、家政婦として居候することになるなんて、これが現実だとは受け入れられず、昨晩は声を殺して泣いた。

 ここは暗くて寂しい。
こんな場所に追いやられるなんて、夢じゃないかと思いたかった。

 艶子の持ち物はほとんど叔母と美和に奪われてしまったので、部屋には地味な衣類が数枚あるだけ。
スマホも取り上げられてしまったので、誰に連絡することもできない。

 叔父はというと、勿論だが助けようとしなかった。
時々気味が悪いほどのじっとりとした視線を感じるが。

 明日になれば、きっと父が優しい笑みを浮かべて、おはようと言ってくれる。
そんな期待をしたけれど、昨日の続きはやってくる。

 艶子が目覚めてしばらくして、地下室の扉が大きく開く。
「いつまで寝てるの?早く朝食の準備をなさい!」という叔母の声がして、身を震わせた。
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