愛してはいけないというあなたと
 ――知らない人には絶対に付いていってはいけないよ。
生前、父は艶子に繰り返し言っていた。

 艶子は可愛いから変なヤツに目を付けられかねないからね。
私のお姫様は言う事を聞けるね?
そう優しく口にしては、艶子の頭を撫でてくれていた。


 しかし、もうそう言って守ってくれる父はいない。

 それから数分後のこと、艶子は近くのカフェに、見ず知らずの男といた。
彼と向かい合い、カフェオレを注文する。
カフェに来るのは久しぶりで、なんだか妙に泣きたくなり、目元にギュッと力を入れた。

「初めまして。僕は久我山広渡(くがやまひろと)です。君は、松野上艶子さんだね?」

 そう言って頬を緩める男は、とても美しい容姿をしていた。
センター分けの漆黒の髪から覗く顔は、すべてのパーツがちょうどいい位置にあり端正で、気を抜くとつい見惚れてしまうほど。
芸能活動をしていると言われても頷けるくらいの美形だ。

 それにしても彼は、なぜ艶子を知っているのか。
眉を潜め上目遣いに彼を見つめる。

「大丈夫だよ、何も妙なことを企んでいるとかではないから安心して。俺は君を救いに来たんだ」

「……どういうことですか?」

 ようやく出た自分の声は、先ほど泣いてしまったことと緊張から掠れている。

「君はお父さんが亡くなって大変な思いをしてるんじゃない?」

「……」

 どうしてそれをこの人が知っているのだろう。
艶子は怖くなり、体を僅かに引く。

「実は僕は君のお父さんに恩があってね、今回恩返しができないままに亡くなられてしまって……」

 彼は一瞬だけ目を伏せて、再び艶子を見つめた。

「父とどのような関係で……?」

 正直、艶子は父の交友関係をよく知らない。
通夜には多くの人が参列してくれたが、あの日のことはよく思い出せないし、その中に彼がいたかどうかもわからない。
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