愛してはいけないというあなたと
 広渡はクスリと笑った。
艶子は何も面白いことなど言ってないというのに。
顔をしかめて彼を見つめると、彼はごめんごめんと言うが、ちっとも悪いことをしたとは思ってなさそうな表情だ。

「君に何もないと思わせるほど、彼らはひどかったんだね」

 それは、どういうことなのか――意味がわからない艶子は首を傾げる。

「いいかい、君は誰よりも美しくて気高い。彼らなんて君の魅力の足元にも及ばない」

 この人は何を言っているのだろうか。
下手に励まされても、少しも心は晴れない。

 きっとムッとした顔になっていたに違いない。
広渡がまた小さく笑ったから。

「松野上艶子さん、君に提案がある」

 思い付くことは一つだけ。
きっと艶子にお金を貸すつもりなのだ。
困っている今の艶子に手を貸して、その何倍もの対価を求めようという魂胆。
もしかすると彼は金融業者で、多額の借金を背負わせる気でいるのかもしれない。

「……お金なら不要です」

 きっぱりと言うと、彼は先ほどより愉快気にハハッと笑う。

「君は賢いね」

 褒め言葉だが、少しもそう取れず、艶子はますます顔をしかめてしまう。

「僕は闇金業者でも何でもない、君にお金を貸そうなんて思ってもないよ」

 信用できない。
艶子の表情は固いままだ。

「じゃあ提案って何ですか?」

「僕と結婚しないかな?」

「……へ?」
 
 それは予想だにしていない提案で、艶子は目を丸くして、美しい顔を見つめた。
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