愛してはいけないというあなたと
 ちょうどいいとはどういうことなのか。
艶子が視線で問うと、広渡はまた一つため息を零す。

「周りの圧がすごいんだ」

「圧?」

 艶子が首を傾げると、彼がうんと頷く。

「結婚しろとうるさくて、見合いを勝手にセッティングされるわ、ハニートラップを仕掛けられるわ、大変でね。名だけでもいいから結婚したいんだ。ただ、誰でもいいわけじゃない。気品と教養のある子が好ましくて、君は僕の理想に近かった。何より君は美しいしね」

 ストレートに褒められて顔がカッと熱くなる。
酷い状態の艶子なのに、美しいと言う。
嘘だと思うものの、嬉しい自分がいて妙な心地だ。

「もし君が了承してくれるのなら、今日から君を僕の側に置きたい」

 広渡は美しい顔を緩めて、艶子の頭を優しく撫でた。
顔がさらに熱を持つ。

「どうかな?」

 広渡の話には大変惹かれた。
今すぐにも彼らから離れたいから。
しかし、結婚なんて大それたことをこの短い間で決めるなんて到底無理な話である。

「少し考えさせていただけますか?」

 考える時間が欲しい。
彼を信じてよいのか、まだわからない。

 すると彼はいいよと言って、シャツの胸ポケットから白色のスマホを取り、こちらに差し出した。

「これは君にあげる。何かあったら連絡して、夜中でも駆けつけるから」

 そう言って、艶子の手に握らせたのだった。
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