愛してはいけないというあなたと
 広渡は運転席に乗ると、車を前進させる。
家から遠ざかっていく外の景色を見ていると、叔父から逃れられたことをようやく実感でき安堵した。

「足、痛くない?」

「大丈夫です……」

「よかった」

 穏やかな声で言う広渡をこっそりと見つめる。
広渡は昼間と変わらず、暗い夜の中でも美しかった。

「一体何があったか聞いてもいい?」

 頭の中に密室で跨ってきた時の興奮した叔父の顔が浮かび、艶子は体を震わせた。
言葉にするのもおぞましい。

「話したくなければ無理に話さなくてもいいよ」

「すみません……」

「大丈夫だよ」

 助けてくれた相手に何も説明をしないのは失礼かもしれない。
でも今はその優しさに甘えたかった。

「着くまでしばらくかかるから少し寝てなさい」

 艶子はホッとして目を閉じた。
それでもしばらくは意識がハッキリとしていた艶子だが、次第に睡魔に襲われていく。
十分もすると、もう夢の中。
その寝入った艶子の顔を、広渡が真顔で見つめていることには気が付かずに――。



 広渡の住まいは、立地のよい場所に立つ高層マンションだった。
広渡がマンションの下に車を付けると、コンシェルジュの高齢の男性がやってきて、二人を出迎えた。
広渡は車を降りると、彼に鍵を渡して助手席の扉を開け、艶子を抱き上げる。
他人の目のある場所で突然抱えられたことに焦った艶子は「あ、歩けます!」と言うが、「その足で歩かせられないよ」と首を横に振られてしまい、そのまま中へ入ることになった。

 最上階の部屋に到着し室内へ入ると、広渡は艶子を黒の皮張りのソファーに座らせ、目の前に跪く姿勢で座る。

「足を見せて」

 艶子は言われた通りに片足を上げた。

「ケガはしてなさそうだね」

 男性に素足を見られることなど初めてのこと。
恥ずかしくて俯きがちにコクコクと頷く。

「この趣味の悪い服は君のものかい?」

 艶子はますます恥ずかしくなった。
自分の着ているものは、上下共に美和の高校時代の濃い青のジャージである。
首を左右に振り目を伏せた。
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