愛してはいけないというあなたと
 今の艶子は、明らかにこの部屋に不似合いだ。
広渡は上下スエットを着ているものの、一目で上質な素材とわかるし、住まいが立派なのはもちろんだが、家具や雑貨は高級なものばかりで、貧相な自分が恥ずかしい。

「可哀想に。今後君の衣類や持ち物はすべて揃えてあげるから」

 それはとてもありがたいことだが、なんだか惨めで顔を上げられない。
ありがとうございますという代わりに、小さく頭を下げる。

 すると次の瞬間、艶子は広渡に抱き上げられてしまう。
突然のことに驚き、キャッ!と声を上げると、彼は無言のまま浴室まで行き、艶子を下ろした。

「体を綺麗にするといい。湯は溜まっているからゆっくり浸かりなさい」

「え、あ、ありがとうございます……ですが、着替えがなくて……」

 艶子の持ち物はスマホと寝袋のみで、着替える先がない。

「バスローブを置いてるからとりあえずそれに着替えるといい。体が冷えてるから風邪をひくよ」

 広渡の言う通り、艶子の体はとても冷たくなっている。
それにかなり足が汚れているので、この綺麗な部屋を今のままでは歩き回ることはできない。
彼の恩威に甘えることにした。

 
 浴槽にはまるで艶子が来るのを待ち構えてくれていたかのように、温かい湯が張っていて、ラベンダーのバスオイルのいい香りがした。
父が亡くなってからずっと、残り湯で体を洗っていたので、久しぶりにゆっくり浸かれることが嬉しい。
湯に浸かるとなんだかホッとして、涙が零れた。
 
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