愛してはいけないというあなたと
 体が温まると、心までも浸透していく気がする。
湯に浸かることがこれほど幸せなことなんて、知らなかった。

 浴室を出ると、脱衣所に五十代くらいの女性がいて驚く。
まさか自分を連れ戻しに来たのでは……と不安を感じたのは一瞬のこと。
彼女はニコニコと人の良い笑みを浮かべ「ゆっくりと浸かれましたか?」と尋ねてきた。

 ――敵ではないみたい。

「あ、はい……あの、あなたは……?」

「私は家政婦の真田美幸(さなだみゆき)と申します。今後、艶子さんのお手伝いをさせていただきます。ここの一階に住ませていただいていますので、何かご用がありましたら、いつでもご遠慮なくお申し付けください」

 広渡が遣ってくれたのだろうが、つい先ほどまで自分が家政婦の立場だったので、理解が追いつかない。
呆然としている艶子は、美幸に丁寧に体を拭かれ、バスローブを着させられ、洗面台の椅子に座らさせられる。
それから髪を乾かされ、よい香りのヘアオイルを塗りこまれた。
パサついていた髪が潤いを取り戻す。
鏡の中で美幸と目が合うと、彼女はまるで大丈夫だというように、優しく微笑んでくれた。

 また、美幸はせっかく着せたバスローブを脱がし、体の採寸を始めた。
艶子の服を用意するためだと言う。
採寸を終えると全身にボディクリームを塗られ、また別のバスローブを羽織らされた。

「あの、色々とありがとうございます」

 過去、ゆかりにお世話になっていた艶子。
その時は、堂々と礼が言えたはずだが、今の自分は恐縮の方が勝る。
虐められていた時間が艶子を変えたのだ。

「いえ、美しい艶子さんのお世話ができて嬉しく思います。明日、素敵なお洋服をたくさんお持ちいたしますね」

 美幸の優しさに触れ、涙が零れた。
広渡に会ってから、自分は泣いてばかり。
涙を流す艶子の背を、美幸は泣き止むまで擦ってくれた。
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