愛してはいけないというあなたと
 艶子がリビングへと戻ると「今日は早く寝なさい」と言われ、広渡に寝室に案内された。
そこは大きなベッドがあるだけの場所。

「今後はここで二人で眠ることになるけど、今夜は疲れたと思うから一人で眠りなさい」

 久しぶりにふかふかの広いベッドに横になる艶子。
手足を思いきり伸ばせることに感激していると、広渡がベッドの端に座り艶子の髪を撫で始めた。

「綺麗な髪だね」

「ありがとうございます……先ほど、美幸さんが整えてくださったので」

「明日から彼女に何でも頼むといい。彼らにされたことは悪い夢だと思って忘れるんだ」

 叔父たちにされたことは、心に沁みついて絶対に忘れることはできない。
彼の言うように、あれは長い悪夢だったのだと思いたい。

 それからも広渡は艶子の側から離れずに、髪を撫で続ける。
はじめはその手が気になって眠れなかった艶子。
だが、泣き疲れたことで、いつの間にか寝入ってしまった。
その顔を、広渡が真顔でじっと見つめていることは知らずに――。




 翌朝目覚めてすぐ、ここがどこなのかと、昨晩のことを思い出すのに少し時間を要した。
広渡に助けられたことを思い出し、ベッドをおりブラインドを上げる。
光の入らない地下室とは大違いで、眩しい陽の光が入ってくることに感激すると同時、自分はあの牢獄から抜けられたのだと、改めて安堵した。

 リビングへ行くと、広渡がダイニングテーブルに座り、スマホを触っていた。

「おはよう、よく眠れたかい?」

「おはようございます。お陰様でよく眠ることができました」

 広渡はそれはよかったと微笑み、席に着くように言う。
艶子が席に着くと、美幸が食事を出してくれた。
誰かに作ってもらうことは久しぶりのことで、感激する。

「好き嫌いはあるかい?」

 昔は多く嫌いな食べ物があったが、好き嫌いを口に出せる環境下でなくなってから、基本的に何でも食べられるようになった。
調理の大変さも今はよく知っているので、我儘なことは言えない。
首を横に振り、「特にございません」と答える。

「そう、いい子だね。食べたいものを好きなだけ食べなさい」

 広渡は子供相手のようにそう言って、微笑んだ。
< 28 / 30 >

この作品をシェア

pagetop