愛してはいけないというあなたと
 朝食を食べ終え、食後の紅茶を飲んでいた時、広渡がテーブルに一枚の紙を広げた。
それは、婚姻届で広渡の欄は既に埋めてある。

「書いてくれる?」

 広渡は美しい顔に笑みを作り、ペンを静かに置く。

「えっと……」

「結婚するって言ったよね?」

 笑顔だが、目が笑っていないようにみえる。

「早速だけど、今日提出するよ。式は君の大学卒業後に挙げよう」

「……式?」

「結婚式だよ」

 彼は当然のように言い、はいと婚姻届をさらに近付けた。
動けないでいると、広渡は艶子にペンを握らせるので、とりあえず名前だけ書く。

「あの、本当に今日これを出すのですか?」

 広渡を上目遣いに見つめ、瞳を揺らす艶子。

「そうだよ。ほら、続きを書いて」

「は、はい……」

 広渡と結婚するとは言ったものの、これほど急だとは想像していなかったので、戸惑ってしまう。
だが、今の自分は彼に頼ることしかできない。

 家に戻れば、叔父に暴行されるだろうし、叔母たちからは虐められる。
帰る場所なんてどこにもないのだ。
これからの未来がまったく読めないものの、言われた通りに埋めて、彼に差し出した。

 広渡が綺麗に埋まったそれを確認すると、満足そうに口の端を上げる。
その顔が少しだけ冷たく感じたが、すぐに優しく微笑まれたので、勘違いだと思いぎこちなく微笑み返した。
< 30 / 30 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

恋をしたのは姉の夫だった人

総文字数/46,724

恋愛(純愛)68ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop