君は大人の玩具という。



「先生の後輩さんが、
 どうして先生についていったのか。
 今の私には、わかる気がします」


牧は懐かしむように顔を上げた。

輝く星々を見るその目は、
愛しい人に語りかけるそれだった。


「誰かが死ぬのが怖い。
 僕は、患者を死なせるのが怖いだけの
 ただの臆病者の医者なんだよ」


そんなことないです。

そう言うには、
自分は何も知らな過ぎた。

京子は先の見えない暗闇を見て
自分自身にも語り掛けるように言った。


「…医療者が臆病でなくなったら、
 終わりなんじゃないでしょうか」


牧が微かに目を見開いたことに、
京子は気づかなかった。

励ましたいわけじゃなかった。
ただ、牧にも知ってほしいことがあるだけだ。


「手術室看護師をしてきて、
 これまで色んな医者像を見てきました。

 それこそ、人を人とも思わず
 メスを入れる先生もいる。
 最後の創を閉じるときも、
 綺麗に丁寧に縫う人もいれば、
 適当で雑な人もいる…」


そこには、患者さんを思う
気持ちの有無が見えてくる。


「そんな些細なことでも、
 患者さんを思う気持ち、っていうのは、
 臆病から来るんじゃないですか」


やっぱり、こういうのは苦手だ。
上手く言えない。

でも、どうしても伝えたい。
伝えなきゃいけない、思いがある。

京子はブランコから立ち上がり、
牧の前に立った。

そして、月明りに照らされた
レンズの向こうの輝く瞳に向かって言った。


「私は、先生ほど優秀な外科医を、
 見たことがありません。
 世界もそうなのかなって、見てみたいんです。

 これからもあなたと、同じ景色が見たいんです」


< 111 / 145 >

この作品をシェア

pagetop