君は大人の玩具という。
#2.好敵
手術室とは、実に閉鎖的な空間だ。
患者が麻酔で眠ってしまえば、
あとは執刀医が好きな音楽をかけようが
看護師と麻酔科医が談笑しようが
変態外科医が看護師を口説こうが
手術に影響を与えなければ自由だ。
もちろん、手術の大小で
執刀医をはじめ他のスタッフの気合の入りは
多少異なってくるかもしれない。
そして今日一日で予定している38件のオペのうち、
最も気合と体力を要するであろう手術が、
一番奥の大きな部屋で準備されている。
心臓外科による、冠動脈バイパス術。
いわゆる、CABGと皆が呼ぶ手術で、
開胸手術の基本ともいえるスタンダードな手術。
だが、人工心肺を回すことや
命に関わるイレギュラーな事態も含め、
あまりつきたがらない看護師が多いのも事実だ。
それに加え、東都南大学病院の心臓外科もまた
手術が早いことで有名である。
「以前までは新人もつけるような基本的オペとして
誰でもついていたんですけどね。
新しい先生が来てから、慣れた人じゃないと
ついていけない程のスピード感に
なってしまって…」
総合外科部門の主任看護師が
男性顔負けのその大きな体を揺らしながら
隣を歩く青年に向かって言った。
「医師についていけないということですか」
「ついていける看護師が少ない、
というのが現状ですかね」
「フッ、そうですか」
男の嘲笑に、主任は愛想笑いを浮かべる。
「部屋は全部で20部屋。
1番は主に心臓や整形、ダビンチで使用しています。
上から見下ろせる部屋は、ここだけですね」
「今やっているのが心臓外科ですか」
主任の二分の一ほどの薄さもない男は、
廊下の突き当りにある部屋のドアを見て言った。
夜の猫のように大きな黒目が、
ドアの奥を興味津々で見据えている。
主任は滴る汗を拭いながら言った。
「今日はキャベジだったかな。
ちょっと覗いて見ますか?」
「ぜひ」
男は廊下にあるモニターを見上げた。
各部屋の手術状況を確認できる
ステータスモニターでは、
どの手術にどの医師や看護師がついているのか
一目でわかるようになっている。
手術室1番は、冠動脈バイパス術。
器械出しには、"千秋京子"の文字。
この病院の手術を見るのは初めてだが、
"医師についていけない手術看護師"とは
どの程度のレベルの低さか見物だな、と
男はマスクの下で小さく口角を上げた。