君は大人の玩具という。
5番手術室に向かう途中、
手洗い場から「あっ!」と声がした。
もちろん、京子を見つけて喜ぶ
牧の声だ。
京子は手洗いをしてアルコールで
腕全体を消毒している牧に近づいた。
「いた」
「あれ、もしかして僕のこと探してたの?
照れちゃうなあ、もう」
「そうですよ」
「…おや」
いつものようにズバッと毒舌が
降ってこないことが不思議なのだろう。
牧は眼鏡の奥で目をぱちくり。
京子もこんな雰囲気でなんと
言っていいかわからなかった。
自分から探しておいて、
気まずい空気に言葉がどもる。
「その、干場さんのことで、なんというか…
先生自身はどう思ってるのかなって、思って。
やりにくさを感じているのなら、
無理にOKしなくてもよかったのにって」
牧は京子の言いたいことを察してか、
子どもを見守る親のような眼差しになった。
「ふむ。まぁ、よく喋るな~とは思ったけど。
でも、器械出しのきょんちゃんは
やりやすそうだったけどねぇ」
京子は目を見開いた。
執刀医でありながら、どこまでも自分を、
いや、周りをよく見ている男だ。
京子がやりやすければそれでいいと
思っているとでも言うのだろうか?
「私じゃなくて、先生たちがやりやすいか
どうかが大事なんです!
…その、患者さんのためにも」
京子が牧を見上げると、
牧は肘までの消毒を終えていた。
そして京子を見るその表情は、
いつもの気色悪いストーカーのそれとは
全くの別物だった。
何も心配しなくていいよ。
と告げているような、優しさがある。
「きょんちゃんは、本当に優しいね。
べつにこれといって手術に支障はないよ。
隣にきょんちゃんがいてくれたら、
僕はそれだけで元気100倍だから!」
またアハッと言うその笑みは、
本心なのかそうでないのか、
今の京子には読み取れない。
いや、今までもずっとだ。
この牧という人物が、京子にはよくわからない。