君は大人の玩具という。
『タイムアウト』とは、
患者情報と手術計画を、
その場にいる全スタッフが共有するための時間。
つまり、全員が一旦作業の手を止めて
執刀医の話を聞く時間だ。
「消化器外科、浅野です」
「牧です」
「麻酔科、新谷でーす」
「器械出し、千秋です」
「外回り、島袋です。
患者さんの紹介からお願いします」
浅野がホワイトボードとカルテの画面を
交互に見ながら読み上げる。
「北野博さん、72歳、男性の方です。
腸管損傷及び腹膜炎に対し、
ハルトマン手術を行います。
手術予定時間は――」
一通り、手術予定を述べ、一区切り。
「――以上です。
よろしくお願いします」
「お願いします」
渚が手術開始ボタンを押し、
壁にある電子タイマーがスタートした。
「メス」
「はい」
手術が始まれば、
さすがの牧も真面目な表情に変わる。
京子は器械出し看護師として、
牧と浅野が言う器械を渡していくだけだった。
京子はふと顔を上げて隣を見た。
牧は先ほどまでとは別人のように
黙々と手技を進めていく。
動きに無駄がなく、迷いもない。
電気メスでの切開が始まると、
タンパク質の焼ける匂いが香ってくる。
牧が電気メスを離し、手を開いたところで、
京子はその右手にコッヘル(鉗子)を渡した。
「さすがだねぇ」
目線を術野から逸らすことなく
牧が呟いた。
黄色いカラーレンズ越しに
牧の見ている世界が見える。
そして、切るべきところを見据えた、
今この時間しか見せない
ギラッと燃える牧の眼がよく見えた。