拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
第三章:一番好きな本
『親愛なるキャロルへ
結論から言えば、貴女は何も悪くはない。全面的に貴女の幼馴染が悪い。全て悪い。貴女はそう、彼を殴ってもいいくらいだ。
しかしながら、彼も本当はそんなことを言いたかったわけではない、と思う。この年代の男はみんな、虚栄心と承認欲求が綯い交ぜの坩堝のようなものだ。己をいつも持て余しているくせに、一人前に大人扱いされたがる。
おそらく多分、彼もその夜はベッドにめり込むほどに反省していた、と思う。
どうしようもない自分自身を滅ぼしてやりたい、というようなこと思っているであろうことは想像に難くなく、何度も壁に頭を打ち付けたくなるほど後悔したに違いない。
本当は貴女にきちんと謝罪したい、はずだ』
四つ年下の幼馴染と喧嘩した、ということを簡単に書いたところ、キット様からはこんな返事がきた。さすがというべきか、全てにおいて見解が深い。いつもよりは勢いのあるダイナミックな筆致で、文字が綴られている。もしかしたらキット様にも似たような経験があるのかもしれない。
私と言えば、「何も悪くない」と言われたことですっと胸のつっかえが降りたような気がして、その気持ちを正直に返事に書いた。
その次の手紙には、『貴女の一番好きな本を教えてくれないか』と書いてあった。色々読んではいるけれど、一番と言われると、少し考えてしまう。
そこで書斎の上から二番上の棚に置いてある何度も読み返した本のことを思い出した。
最近は開くことが少なくなったけれど、一番と言えばそれかもしれない。
私は、便箋を広げてその物語について書き始めた。
「ほら」
しばらく顔を見せなかったクリスがやってきたと思ったら、珍しく手ぶらではなかった。なんだか可愛らしく包装された箱を持っている。彼がこういうものを持っているのは少し不思議だ。
「なあに、これ」
「あげる。今ドーレブールで一番人気のあるお菓子だってさ」
「へえ」
私はいそいそとお茶の用意をすることにした。うちには使用人がほとんどいないので、自分で紅茶を淹れて、お菓子を皿に盛り付けるだけだ。
しげしげと眺めてみる。小さな丸い生地を二つ重ねてあって、その真ん中にクリームが挟んであるようだった。食べたことの無いものだ。
「食べないの」
「はじめて見たから」
「そっか」
きっと美味しいのだろうなと思って口に運んだら、想像したよりもずっとほろりとそれは崩れた。
さっくりしていて甘い。そしてとても軽い。何個でも食べられそうだ。
「美味しい?」
「そんなに見られたら食べづらいよ」
端正な顔はいつもと変わらないのに、何だか少しバツが悪そうに見える。タイミングを伺っているような、そんな。
ああ、そうか。手紙に書いてあった通りだ。
きっと謝りたいとクリスも思っているのだろう。
お詫びにお菓子を持ってくるなんて、クリスのくせに可愛いことをする。
ここは私が年長者の余裕を醸し出してあげるべきだろう。あくまで何も無かったかのように振る舞う。それが大切だ。
「美味しいよ、ほんと。ありがとう、クリス」
私がそう言うと、クリスはそっぽを向いて「そっか」とだけ返した。
「別にあんたの為じゃないよ。母上も食べたいって言ってたから」
「うん、そうだね。でもうれしいよ」
「こういうのが、好きなんだ」
「美味しいお菓子を嫌がる人はなかなかいないよ」
見た目も可愛いクッキーやケーキをもらって、嫌がる女の子はいないと思う。次の夜会に着るドレスのために食事制限をしているとかでなければ。無論、私もである。
「ふうん」
結論から言えば、貴女は何も悪くはない。全面的に貴女の幼馴染が悪い。全て悪い。貴女はそう、彼を殴ってもいいくらいだ。
しかしながら、彼も本当はそんなことを言いたかったわけではない、と思う。この年代の男はみんな、虚栄心と承認欲求が綯い交ぜの坩堝のようなものだ。己をいつも持て余しているくせに、一人前に大人扱いされたがる。
おそらく多分、彼もその夜はベッドにめり込むほどに反省していた、と思う。
どうしようもない自分自身を滅ぼしてやりたい、というようなこと思っているであろうことは想像に難くなく、何度も壁に頭を打ち付けたくなるほど後悔したに違いない。
本当は貴女にきちんと謝罪したい、はずだ』
四つ年下の幼馴染と喧嘩した、ということを簡単に書いたところ、キット様からはこんな返事がきた。さすがというべきか、全てにおいて見解が深い。いつもよりは勢いのあるダイナミックな筆致で、文字が綴られている。もしかしたらキット様にも似たような経験があるのかもしれない。
私と言えば、「何も悪くない」と言われたことですっと胸のつっかえが降りたような気がして、その気持ちを正直に返事に書いた。
その次の手紙には、『貴女の一番好きな本を教えてくれないか』と書いてあった。色々読んではいるけれど、一番と言われると、少し考えてしまう。
そこで書斎の上から二番上の棚に置いてある何度も読み返した本のことを思い出した。
最近は開くことが少なくなったけれど、一番と言えばそれかもしれない。
私は、便箋を広げてその物語について書き始めた。
「ほら」
しばらく顔を見せなかったクリスがやってきたと思ったら、珍しく手ぶらではなかった。なんだか可愛らしく包装された箱を持っている。彼がこういうものを持っているのは少し不思議だ。
「なあに、これ」
「あげる。今ドーレブールで一番人気のあるお菓子だってさ」
「へえ」
私はいそいそとお茶の用意をすることにした。うちには使用人がほとんどいないので、自分で紅茶を淹れて、お菓子を皿に盛り付けるだけだ。
しげしげと眺めてみる。小さな丸い生地を二つ重ねてあって、その真ん中にクリームが挟んであるようだった。食べたことの無いものだ。
「食べないの」
「はじめて見たから」
「そっか」
きっと美味しいのだろうなと思って口に運んだら、想像したよりもずっとほろりとそれは崩れた。
さっくりしていて甘い。そしてとても軽い。何個でも食べられそうだ。
「美味しい?」
「そんなに見られたら食べづらいよ」
端正な顔はいつもと変わらないのに、何だか少しバツが悪そうに見える。タイミングを伺っているような、そんな。
ああ、そうか。手紙に書いてあった通りだ。
きっと謝りたいとクリスも思っているのだろう。
お詫びにお菓子を持ってくるなんて、クリスのくせに可愛いことをする。
ここは私が年長者の余裕を醸し出してあげるべきだろう。あくまで何も無かったかのように振る舞う。それが大切だ。
「美味しいよ、ほんと。ありがとう、クリス」
私がそう言うと、クリスはそっぽを向いて「そっか」とだけ返した。
「別にあんたの為じゃないよ。母上も食べたいって言ってたから」
「うん、そうだね。でもうれしいよ」
「こういうのが、好きなんだ」
「美味しいお菓子を嫌がる人はなかなかいないよ」
見た目も可愛いクッキーやケーキをもらって、嫌がる女の子はいないと思う。次の夜会に着るドレスのために食事制限をしているとかでなければ。無論、私もである。
「ふうん」