拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
『親愛なるキャロルへ

 紹介してもらった本を読ませてもらった。私が日頃読むジャンルとは異なるが、大変興味深かった。

 三巻までだが、ほとんど寝ずに読んでしまった。特にロイの乗った船をジェシカが見送るシーンでは年甲斐もなく少し泣いてしまった。彼の優柔不断さについてやや気になるところはあるのだけれど、ここから二人がどうなるのか非常に気になる。早く私も完結の最新刊まで辿り着きたい。

 貴女がいなかったら、自分だけでは絶対に出会わなかった本だと思う。紹介してくれてありがとう』

 キット様から感想の書かれた手紙が届いた。相変わらずの丁寧な筆致で、好きなシーンについて書いてある。
 そうでしょう、そうでしょう。私もあそこは号泣した。

 クリスもキット様も、私が勧めた本を読んでくれていると思うと、しめしめといった気分である。自分の好きなものを共有してもらえる人が増えるのは、嬉しい。

「読み終わった」
 本を貸してからちょうど三日後、クリスは本を返しに来てくれた。三冊分の本が入った袋と、小さな紙袋を持っている。

「どうだった? 面白かった?」
「……まあまあかな」

 キット様と違って、クリスは詳しく感想を教えてはくれない。
 それにしても、この分厚さの本三冊を三日で読み終えてしまうだなんて、クリスは本当に本を読むのが早い。
 それとも、すこぶる暇なのか。仮にも侯爵令息なのに大丈夫だろうか。

「こっちは?」
 私はクリスが左手に持っている小さな袋について訊ねた。

「一応、お礼」
「わぁ」
 中を見てみると、またお菓子が入っている。今度は、カップケーキだ。アイシングやチョコレートでデコレーションされていて、とても可愛らしい。

 にしてもどういう風の吹き回しだろう。私はしげしげとクリスを見つめた。
 瞬きしても、差し出してきた男はいつもと変わらず涼し気な顔をしている。

「いらないなら持って帰るけど」
 慌てて私は首を振る。

「ううん、ありがとう。せっかくだから一緒に食べよう」
「おれはいいよ。あんたが全部食べたらいい。残りの本を借りたら、今日は帰る」

 まだ読む気ではあるのか。だったら、面白いとは思ってくれたのだろうか。
 言葉通り、クリスは残り六冊分の本を借りたらすぐに帰っていった。

 私は一人で紅茶を淹れて、カップケーキと向き合った。

「美味しい」

 本当は小さく切り分けて食べるものなのかもしれないけれど、何せ見る人もいないので私は齧って食べた。バターの香りがする生地はしっとりとして美味しい。

 こんなもの一体どこから見つけてくるのだろう。
 モテると女の子の好みそうなものにも自然と詳しくなるのかもしれない。色んなご令嬢に差し上げて、最終的に私のところにも回ってきたのだろうか。

 そんなことを考えてしまうと、なんだか急に気分がしぼんでいく。舌に残る甘さの分だけ、余計に切ない気持ちになってしまった。
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