拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
第四章:最高のドレス
キット様にも、悩みはあるらしい。
今届いた手紙には、私と同じぐらいの年齢の女性の知り合いがいるそうなのだけど、プレゼントにどんなものを贈ればいいか悩んでいると書いてあった。昔、誕生日に学術書を送ったら三日ほどほとんど口を利いてもらえなくなったらしい。
そんなものを贈ってくるなんて、クリスみたいだなと思った。二十一歳の誕生日にもらったのは、『よく分かる財政管理』だった。ちなみに、一度も開いていない。
『よかったら知恵を貸して貰えないだろうか。貴女なら、どんなものをプレゼントに欲しい?』
なんでもお見通しなのにこんなことだけは分からないのか。そう思うと自分より随分年上のはずの彼が可愛らしく思えてくる。
何より私は、キット様の役に立てることが嬉しかった。助けてもらって相談に乗ってもらってばかりだったから、キット様が私を頼りにしてくれたということが踊り出したいくらいに嬉しい。
“貴女”と呼びかけられる度に、ちゃんと対等に扱ってもらっている気がする。
ペンを片手にしばし考えてみる。同世代の女の子なら、少しは気持ちが分かるつもりだ。
花束は、悪くない。誰かがくれた花が部屋にあるだけで、ぱっと気分が明るくなる。
アクセサリーも、いい。お気に入りのアイテムはお守りみたいなものだ。ネックレスもいいけれど、着けている間手元がずっと目に入るからブレスレットなんかもいいんじゃないだろうか。
けれど、何よりうれしいのは、自分の為に何かを選んでくれる人がいるということだろう。相手の喜ぶ顔を考えて選ぶといいと思うと、私は書き添えた。
「いいなぁ。私も誰かプレゼントくれたりしないかな」
無論、そんな予定はない。私は便箋をきれいにたたんで封筒にしまった。
明るい色の花束も煌びやかなアクセサリーも、私の毎日からは遠いものだ。それぐらいはちゃんと弁えている。
「なんだよ、そんなしょぼくれた顔して」
読み終わった本を返しに来てくれたクリスはそんなことを言う。
「私はいつもこの顔だよ」
残念ながら私は年中地味な顔だ、あなたとは違って。
「ふうん」
そう言って、彼が手渡してきたのは花束だった。一体どういう風の回しだろう。
「クリス、これは」
「花。見て分からないの。その目は飾り?」
なんてことはない。いつものクリスだった。たまたま何かのついでに、私にも買い求めてくれたのかもしれない。
「うん、きれいなお花だね」
花瓶に入れて部屋に飾れば、しょぼくれた私も少しはマシに見えるかもしれない。
「そのドレス、色が落ち着きすぎてないか? もっと明るい色にした方がいい」
青い目は、さっきまで私がチュールを縫い合わせていた紺色のドレスを見つめている。デコルテからウエストにかけてのラインが上品で素敵だなと思っているけれど、これは私が着るものではない。
「叔母さんがね、次の夜会に着たいらしいんだけど、その、ちょっとサイズが合わなくなったらしくて。直してるんだ」
「そういうのは仕立て屋かメイドに頼めばいい。あんたがすることじゃないだろ」
「叔母さんにはお世話になってるしさ。結構得意なんだよ、私」
親のいなくなった私とライナスが何とかやっていけているのは叔父夫婦のおかげだ。
これでも裁縫の腕には自信がある。昔一度、クリストファーのCのイニシャルを刺繍したハンカチを作ってあげたことだってあるくらいだ。
クリスはもう、そんなこと覚えてもないだろうけど。
「代金は? ちゃんともらってるの?」
「家族からお金なんか取れないよ。これは感謝の気持ちだし」
向かいで銀色の頭が盛大な溜息をついた。
「あんたさあ」
気のせいかもしれないけど、周囲の空気が冷え込んだような気さえする。
「他にもっとすることがあるだろ。そんなんだから行き遅れるんだ」
今届いた手紙には、私と同じぐらいの年齢の女性の知り合いがいるそうなのだけど、プレゼントにどんなものを贈ればいいか悩んでいると書いてあった。昔、誕生日に学術書を送ったら三日ほどほとんど口を利いてもらえなくなったらしい。
そんなものを贈ってくるなんて、クリスみたいだなと思った。二十一歳の誕生日にもらったのは、『よく分かる財政管理』だった。ちなみに、一度も開いていない。
『よかったら知恵を貸して貰えないだろうか。貴女なら、どんなものをプレゼントに欲しい?』
なんでもお見通しなのにこんなことだけは分からないのか。そう思うと自分より随分年上のはずの彼が可愛らしく思えてくる。
何より私は、キット様の役に立てることが嬉しかった。助けてもらって相談に乗ってもらってばかりだったから、キット様が私を頼りにしてくれたということが踊り出したいくらいに嬉しい。
“貴女”と呼びかけられる度に、ちゃんと対等に扱ってもらっている気がする。
ペンを片手にしばし考えてみる。同世代の女の子なら、少しは気持ちが分かるつもりだ。
花束は、悪くない。誰かがくれた花が部屋にあるだけで、ぱっと気分が明るくなる。
アクセサリーも、いい。お気に入りのアイテムはお守りみたいなものだ。ネックレスもいいけれど、着けている間手元がずっと目に入るからブレスレットなんかもいいんじゃないだろうか。
けれど、何よりうれしいのは、自分の為に何かを選んでくれる人がいるということだろう。相手の喜ぶ顔を考えて選ぶといいと思うと、私は書き添えた。
「いいなぁ。私も誰かプレゼントくれたりしないかな」
無論、そんな予定はない。私は便箋をきれいにたたんで封筒にしまった。
明るい色の花束も煌びやかなアクセサリーも、私の毎日からは遠いものだ。それぐらいはちゃんと弁えている。
「なんだよ、そんなしょぼくれた顔して」
読み終わった本を返しに来てくれたクリスはそんなことを言う。
「私はいつもこの顔だよ」
残念ながら私は年中地味な顔だ、あなたとは違って。
「ふうん」
そう言って、彼が手渡してきたのは花束だった。一体どういう風の回しだろう。
「クリス、これは」
「花。見て分からないの。その目は飾り?」
なんてことはない。いつものクリスだった。たまたま何かのついでに、私にも買い求めてくれたのかもしれない。
「うん、きれいなお花だね」
花瓶に入れて部屋に飾れば、しょぼくれた私も少しはマシに見えるかもしれない。
「そのドレス、色が落ち着きすぎてないか? もっと明るい色にした方がいい」
青い目は、さっきまで私がチュールを縫い合わせていた紺色のドレスを見つめている。デコルテからウエストにかけてのラインが上品で素敵だなと思っているけれど、これは私が着るものではない。
「叔母さんがね、次の夜会に着たいらしいんだけど、その、ちょっとサイズが合わなくなったらしくて。直してるんだ」
「そういうのは仕立て屋かメイドに頼めばいい。あんたがすることじゃないだろ」
「叔母さんにはお世話になってるしさ。結構得意なんだよ、私」
親のいなくなった私とライナスが何とかやっていけているのは叔父夫婦のおかげだ。
これでも裁縫の腕には自信がある。昔一度、クリストファーのCのイニシャルを刺繍したハンカチを作ってあげたことだってあるくらいだ。
クリスはもう、そんなこと覚えてもないだろうけど。
「代金は? ちゃんともらってるの?」
「家族からお金なんか取れないよ。これは感謝の気持ちだし」
向かいで銀色の頭が盛大な溜息をついた。
「あんたさあ」
気のせいかもしれないけど、周囲の空気が冷え込んだような気さえする。
「他にもっとすることがあるだろ。そんなんだから行き遅れるんだ」