拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
「あれっ」
キット様から届いた手紙は、あの四葉のクローバーの便箋だった。この前クリスが選んでいたのと同じだ。
「流行っているのかな」
もしかしたら、キット様もあの文房具屋に行ったことがあるのかもしれない。いつの間にかすれ違っていたりしたらどうしよう。そんなことを考えながら便箋を開いた。
『親愛なるキャロルへ
貴女は容姿に自信がないから夜会に行くのは恥ずかしいというが、こういうものはある程度定石というものがある。それさえ覚えておけば正しく装うことは、そう難しくはない。堂々としていればいいんだ。
それにきっと、貴女はとても美しい人だ。綴る言葉を見ていれば分かる。
もしよければ、私から貴女にドレスを贈らせてもらえないだろうか。馴染みの仕立て屋がある。話は通してあるから、気に入ったものを着てみてほしい。
私の選んだドレスを着た貴女を、いつか見てみたい』
「ノワール」という店が仕立て屋通りにあるらしい。そこがキット様が懇意にしている仕立て屋のようだ。具体的な場所までは書かれていない。それほど有名な店なのだろうか。
「ねえ、クリス。『ノワール』って仕立て屋さん知ってる?」
「嘘だろ」
私が尋ねると、彼は不思議そうな顔で二回瞬きをした。
「知らないの? 今ドーレブールで一番人気のある仕立て屋だよ。令嬢がみんな泣いて喜ぶって言う」
何をしにきたのかは知れないが今日も向かいに座る幼馴染はこの言い様である。本当に、何しに来たんだろう。
「う、うん……」
だとすれば名前も知らない私は、もはや令嬢とは呼べないのかもしれない。
クリスは銀色の頭を抱えて大きく溜息をついた。長めの前髪を、ぎゅっとその手が握りしめている。
「おれは……その店を知ってる。連れて行ってやるよ」
さすがは侯爵家のお坊ちゃまである。
クリスだって、誰かに贈るドレスの一着や二着や三着、買いに行ったこともあるのかもしれない。
「いいよ、場所さえ教えてくれればちゃんと一人で行けるよ。」
「いいから。方向音痴だろ、あんた。おれはまだ昔のことを忘れてない」
幼馴染というのは時に厄介である。なにせ付き合いが長いので、若さゆえの過ちも幼さゆえの愚行も全部知られているのだ。
彼が言っているのは、湖の近くの森で迷子になった時のことだ。
「クリスが帰りたいって泣き喚いたもんね」
しかしながら、こちらも忘れていないのである。それは逆も然りで、互いが互いの黒歴史を持っているという、油断ならない間柄ではある。
もう歩けないと嘆くクリスの手を引いて、宥めすかして屋敷まで帰るのは大変だった。
「おれはいたいけな九歳児だったから、致し方ない」
そのいたいけな面影は、今の端整な横顔には見当たらない。どこからどう見ても完璧な美青年だ。
「私も可愛らしい十三歳だったからね。しょうがないね」
「とにかく、明日は迎えを寄越すから」
また言いたいことだけを言って、彼は帰っていった。
残されたのは私と彼が先日持ってきた花束だけだ。
そう言えば、キット様の栞の花束に少し似ている気がする。小ぶりだけれど可愛らしくて、ピンクや黄色など明るい色の花の組み合わせだった。
クリスは何を思って、この花を選んだのだろう。
キット様から届いた手紙は、あの四葉のクローバーの便箋だった。この前クリスが選んでいたのと同じだ。
「流行っているのかな」
もしかしたら、キット様もあの文房具屋に行ったことがあるのかもしれない。いつの間にかすれ違っていたりしたらどうしよう。そんなことを考えながら便箋を開いた。
『親愛なるキャロルへ
貴女は容姿に自信がないから夜会に行くのは恥ずかしいというが、こういうものはある程度定石というものがある。それさえ覚えておけば正しく装うことは、そう難しくはない。堂々としていればいいんだ。
それにきっと、貴女はとても美しい人だ。綴る言葉を見ていれば分かる。
もしよければ、私から貴女にドレスを贈らせてもらえないだろうか。馴染みの仕立て屋がある。話は通してあるから、気に入ったものを着てみてほしい。
私の選んだドレスを着た貴女を、いつか見てみたい』
「ノワール」という店が仕立て屋通りにあるらしい。そこがキット様が懇意にしている仕立て屋のようだ。具体的な場所までは書かれていない。それほど有名な店なのだろうか。
「ねえ、クリス。『ノワール』って仕立て屋さん知ってる?」
「嘘だろ」
私が尋ねると、彼は不思議そうな顔で二回瞬きをした。
「知らないの? 今ドーレブールで一番人気のある仕立て屋だよ。令嬢がみんな泣いて喜ぶって言う」
何をしにきたのかは知れないが今日も向かいに座る幼馴染はこの言い様である。本当に、何しに来たんだろう。
「う、うん……」
だとすれば名前も知らない私は、もはや令嬢とは呼べないのかもしれない。
クリスは銀色の頭を抱えて大きく溜息をついた。長めの前髪を、ぎゅっとその手が握りしめている。
「おれは……その店を知ってる。連れて行ってやるよ」
さすがは侯爵家のお坊ちゃまである。
クリスだって、誰かに贈るドレスの一着や二着や三着、買いに行ったこともあるのかもしれない。
「いいよ、場所さえ教えてくれればちゃんと一人で行けるよ。」
「いいから。方向音痴だろ、あんた。おれはまだ昔のことを忘れてない」
幼馴染というのは時に厄介である。なにせ付き合いが長いので、若さゆえの過ちも幼さゆえの愚行も全部知られているのだ。
彼が言っているのは、湖の近くの森で迷子になった時のことだ。
「クリスが帰りたいって泣き喚いたもんね」
しかしながら、こちらも忘れていないのである。それは逆も然りで、互いが互いの黒歴史を持っているという、油断ならない間柄ではある。
もう歩けないと嘆くクリスの手を引いて、宥めすかして屋敷まで帰るのは大変だった。
「おれはいたいけな九歳児だったから、致し方ない」
そのいたいけな面影は、今の端整な横顔には見当たらない。どこからどう見ても完璧な美青年だ。
「私も可愛らしい十三歳だったからね。しょうがないね」
「とにかく、明日は迎えを寄越すから」
また言いたいことだけを言って、彼は帰っていった。
残されたのは私と彼が先日持ってきた花束だけだ。
そう言えば、キット様の栞の花束に少し似ている気がする。小ぶりだけれど可愛らしくて、ピンクや黄色など明るい色の花の組み合わせだった。
クリスは何を思って、この花を選んだのだろう。