拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
 キット様が選んでくれていたのは、赤・黄色・緑・水色・ピンクの五色のドレスだった。
 彼は私の容姿を何も知らないから、一般的な色を網羅するように選んでくれたのだと思う。

「どれから試着されますか?」
「では、黄色からで」

 色にはイメージがある。
 赤は美しい女王様の色で、水色は賢い王妃様の色。
 黄色はただ明るくてそれがいい。私でもまだ許される気がする。形も一番オーソドックスなAラインだ。

「では、こちらに」

 クリスは悠然と椅子に腰かけていた。さっさと行ってこいとばかりに手を振られて、カーテンで仕切られた試着室に入る。待機していたお針子たちが、私の服を丁寧に脱がせていく。そのまま、まずは採寸をされた。

 着付けられながら、そっと布地に触れてみる。

 蔓や花を模した金糸の刺繍がふんだんに施されている。遠目から見れば金色にも見えるような美しい色合いだ。いくつも付けられたスパンコールは、星のように舞踏会の大広間で輝くだろう。値段のことを考えると眩暈がしそうになる。

「お気に召しませんか?」
「ああ、いえ。こちらのドレスはとてもデザインが素敵ですね」

 内職をしている手前、色々なドレスを見るけれどここのものは段違いだ。生地も縫製も一流。
 私も刺繍は得意だけれど、これほどきれいには刺せない。

「ありがとうございます。キャロル様に着て頂けて、このドレスも幸せですわ」

 仕立て屋は似合っていないとは言わないだろう。けれどこれほど美しい店主に褒められて悪い気はしなかった。
 すっとカーテンが開かれる。入った時と変わらずクリスがそこにいる。

「いかがでしょうか、クリストファー様」
「どうかな、クリス」

 少しだけスカートを持ち上げてみたら、ちらりと青い目がこちらを見遣る。
 そのまますぐに元のように戻った。「まあまあじゃないのか」

 よかった。まあまあなら、いい。
「着られているドレスが可哀想」だとちょっと申し訳ないので。

 それを緑、赤、水色と三回繰り返した。
 クリスはその度に視界の端っこに私を置いて「ほどほどだな」とか「悪くはない」と一言だけ感想を言ってくれた。
 着替えるのにそれなりの時間がかかるのに、彼は大して退屈した素振りも見せず、涼しい顔をしてずっと座っていた。

 さて、それもこれで終わりだ。
< 20 / 70 >

この作品をシェア

pagetop