拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
「ローランさん」
「はい」

 こんなに沢山のドレスを順繰りに試着できることなんてもう二度とないかもしれない。思っていたより大変だったけれど楽しかった。

 どれもとてもきれいなドレスだった。

「こちらの黄色のドレスを頂けますか」
「はい、承知しました」
「あの、お代の方は」
「全て、頂いております」

 そんなことだろうとは思っていたけれど、本当にキット様は抜かりがない。

「あの、こっそり私がお支払いすることってできませんか?」

 それなりの値段はするだろうけど、一応貯金もへそくりもあるので何とかならないこともない。けれど、ローランさんは静かに首を振った。

「そんなことをしましたら、わたしがかの方に叱られてしまいますわ」
 お店の方に迷惑をかけるのは忍びない。仕方がない、キット様に次の手紙できちんとお礼を言わないと。
 私がそんなことを考えていると、置物にようになっていたクリスが割り込んできた。

「ちょっと! なんでもう終わりってことになってるの」
「うん? ちゃんと選んだよ」

 色々着てみたけれど、一番最初の黄色のものが私は好きだった。

「まだ着てないだろ、あれ」

 長い指が指した先にあるのは、ピンク色のドレスだった。

 スカートにはフリルがふんだんにあしらわれている。ふわりと膨らむプリンセスラインだ。加えてデコルテを強調するようなオフショルダー。花を模した刺繍がふんだんに施されていて、ドレス全体がまるでお花畑かのように見える。

 なんというか、絵に描いたようなお姫様のドレスである。

「どう考えてもこれが一番華やかで、一番可愛いだろ」

 それは、そうだ。間違いない。とても可愛い。

「でもさ、こういうのは若くて可愛い子が着るやつだよ」

 デビュタントすぐの令嬢ならいいだろう。歩く度にふわふわと揺れるフリルはそれだけで気分が高揚すると思う。
 けれど今の私が着たら、どう見えるだろう。どこからどう見てもはしゃぎ過ぎだ。

「そんなの、着てみないと分からない」

 クリスが椅子から立ち上がって、こちらに来る。
 目の前に立たれたら、見上げるほど高い位置で眩いばかりの銀髪が煌いていた。私を真っ直ぐに見つめてくる青から目を逸らせなくなる。

 ドレスのかかったハンガーを掴んだかと思うと、着てみろと言わんばかりにクリスはそれをぐっと突き出してくる。

「せっかく選んだのに着てももらえないのは、悲しいだろ」
「クリス……?」
「着て気に入らなかったら、それでいいから」

 それはまるで、彼自身がこのドレスを選んだかのような口ぶりだった。私が首をかしげると、クリスははっとする。
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