拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
第五章:はじめての夜会
「それで、キャロ。文通相手とはどうなっているの?」
我が家を訪ねてきたエステル様は、開口一番そう言った。最近はクリスがお菓子を持ってきてくれるばかりで、エステル様が来るのは久しぶりだ。なお、今日はクリスはいない。
「どう、と言われましても」
私は二人分の紅茶を淹れて、エステル様と自分の前に置きながら答えた。
キット様とは、いつも通り手紙のやり取りをしているだけだ。結局ドレスは仕立ててもらったけれど。
そう言えば、今日の朝届いた手紙にはこう書かれていた。
『親愛なるキャロルへ
仕立て屋の主人から子細を伺った。貴女はどのドレスもとてもよく似合っていたと。
よければ、次の王宮での夜会に出てみるのはどうだろう。せっかくのドレスにはお披露目の機会があった方がいいと思う。
仕立て屋には私から納期を伝えておくので、心配しないでほしい。
楽しい夜会になることを、祈っている』
「ということなんですけど」
「まあ、やっと夜会に出てくれる気になったのね、キャロ!」
エステル様は私の手を取ると、ぱっと輝くような笑みを浮かべた。その顔に無性に既視感がある。
「ドレスはもうあるのよね。じゃあ残りの支度はうちでやりましょう。そうしましょう、それがいいわ。絶対にそうよ」
「そんな、申し訳ないです」
そもそもまだ行くと決めたわけでもないのに。仮に行くとしても残りの支度は自分で用意したい。
「あら、そんなのだめよ。つまらないじゃない。うちにはクリスしかしないから、わたし、一度女の子の支度をしてみたかったのよ!!」
握った手をぶんぶんと振って、エステル様は言う。「ドレスの色は何色かしら? それに合わせてアクセサリーを見繕っておくわね」
二色のドレスがひらりと、頭の中で翻る。そして、「完璧だ」と言ってくれたあの声も。
「……ピンクです」
「まあ、すてき! きっとキャロによく似合うわ」
そう言って、目を輝かせてみせる。
「次の王宮での夜会ね。時間になったら、うちから迎えを寄越すようにするわね。頑張っちゃうわよー!」
エステル様は、ほどよく冷めた紅茶をまるでお酒のように呷った。そんなに一気に飲んでいいのだろうか。ついでに横に並べたクッキーにも手を伸ばす。
「あら、これ、すごく美味しいわね」
まるではじめて食べるかのように、手に取ったそれをしげしげと眺めている。それは、この前ドレスの試着に行った帰りに、あのカップケーキの店で買ったものだ。
「クリスが教えてくれたお店で買ったんです。ご存知ないですか?」
私はてっきり、お屋敷用にもお菓子を買っているのだと思っていた。もしくはエステル様のお気に入りのお店なのかと。
「……あの子もやーーっとやる気を出したのかしらねえ。誰に似たのかのんびり屋さんなんだから」
なんだか感慨深げにクッキーを見つめたかと思うと、エステル様は満足げに頷いている。私には何がなんだかさっぱり分からない。
「どういうことです?」
「ううん、こっちの話よ。夜会、楽しみね、キャロ」
またにっこりと、エステル様が笑う。
その顔を見て思った。そうか、あの“完璧な笑顔”のクリスはエステル様に似ているのか。
普段彼はあまり笑ったりしないから気が付かなかった。髪の色ぐらいしか似ているところなんてないと、本人もよく言っていたのに。
それでも、この二人はやっぱり親子なのだ。
我が家を訪ねてきたエステル様は、開口一番そう言った。最近はクリスがお菓子を持ってきてくれるばかりで、エステル様が来るのは久しぶりだ。なお、今日はクリスはいない。
「どう、と言われましても」
私は二人分の紅茶を淹れて、エステル様と自分の前に置きながら答えた。
キット様とは、いつも通り手紙のやり取りをしているだけだ。結局ドレスは仕立ててもらったけれど。
そう言えば、今日の朝届いた手紙にはこう書かれていた。
『親愛なるキャロルへ
仕立て屋の主人から子細を伺った。貴女はどのドレスもとてもよく似合っていたと。
よければ、次の王宮での夜会に出てみるのはどうだろう。せっかくのドレスにはお披露目の機会があった方がいいと思う。
仕立て屋には私から納期を伝えておくので、心配しないでほしい。
楽しい夜会になることを、祈っている』
「ということなんですけど」
「まあ、やっと夜会に出てくれる気になったのね、キャロ!」
エステル様は私の手を取ると、ぱっと輝くような笑みを浮かべた。その顔に無性に既視感がある。
「ドレスはもうあるのよね。じゃあ残りの支度はうちでやりましょう。そうしましょう、それがいいわ。絶対にそうよ」
「そんな、申し訳ないです」
そもそもまだ行くと決めたわけでもないのに。仮に行くとしても残りの支度は自分で用意したい。
「あら、そんなのだめよ。つまらないじゃない。うちにはクリスしかしないから、わたし、一度女の子の支度をしてみたかったのよ!!」
握った手をぶんぶんと振って、エステル様は言う。「ドレスの色は何色かしら? それに合わせてアクセサリーを見繕っておくわね」
二色のドレスがひらりと、頭の中で翻る。そして、「完璧だ」と言ってくれたあの声も。
「……ピンクです」
「まあ、すてき! きっとキャロによく似合うわ」
そう言って、目を輝かせてみせる。
「次の王宮での夜会ね。時間になったら、うちから迎えを寄越すようにするわね。頑張っちゃうわよー!」
エステル様は、ほどよく冷めた紅茶をまるでお酒のように呷った。そんなに一気に飲んでいいのだろうか。ついでに横に並べたクッキーにも手を伸ばす。
「あら、これ、すごく美味しいわね」
まるではじめて食べるかのように、手に取ったそれをしげしげと眺めている。それは、この前ドレスの試着に行った帰りに、あのカップケーキの店で買ったものだ。
「クリスが教えてくれたお店で買ったんです。ご存知ないですか?」
私はてっきり、お屋敷用にもお菓子を買っているのだと思っていた。もしくはエステル様のお気に入りのお店なのかと。
「……あの子もやーーっとやる気を出したのかしらねえ。誰に似たのかのんびり屋さんなんだから」
なんだか感慨深げにクッキーを見つめたかと思うと、エステル様は満足げに頷いている。私には何がなんだかさっぱり分からない。
「どういうことです?」
「ううん、こっちの話よ。夜会、楽しみね、キャロ」
またにっこりと、エステル様が笑う。
その顔を見て思った。そうか、あの“完璧な笑顔”のクリスはエステル様に似ているのか。
普段彼はあまり笑ったりしないから気が付かなかった。髪の色ぐらいしか似ているところなんてないと、本人もよく言っていたのに。
それでも、この二人はやっぱり親子なのだ。