拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
「ちょうどいいわ。通してちょうだい」

 扉が開けば、眩いばかりの正装に身を包んだ長身がいる。
 長めの前髪もきちんと整えられていて、青い目が静かに私を捉える。なんだかひどく大人びて見える。
 うっかり見惚れてしまいそうになって、私は目を逸らした。

 クリスは諦めたように一つ大きな溜息を吐いた。
「……どうするんですか、母上。これじゃあ大変なことになりますよ」

 どこからどう聞いても不機嫌そうな声が、エステル様をぴしゃりと非難する。

「そうよね……わたしも少し頑張り過ぎちゃったかしら」
「本当ですよ」
「攫われたらどうしましょう」
「そんなこと、おれに言わないでください」
「あの……そんなに似合っていませんか?」

 恐る恐る口を挟めば、よく似た銀髪が二人ともはっとした。

「そうじゃないのよ」「そんなわけないだろ」

 違うらしい。だったら一体何の話をしているのだろう。

「キャロライン、もうちょっと近寄り難そうな顔をして」

 クリスがなんだか変なことを言い始めた。そんなことを言われても、近寄り難そうな顔って、

「どんな顔?」

「もういい。あんたに言ったおれがばかだった……」
 クリスは額に手を当ててやれやれと頭を振る。

 呆れられていることは分かる。けれど、はらりと一房だけ流れた銀髪が妙に色っぽい。

「いい? 何があってもおれのそばから離れないで」

 鋭くなった青い目が、食い入るように私を睨みつけてくる。その凄絶さに怯んでしまいそうになる。

「う、うん」
「そういう薄らぼんやりしたところが良くないって言ってるの。返事ははっきり」

「はい」
 返事をしてしまってから気づく。

「待って、クリスも一緒に行くの?」
 つまり、それはこの幼馴染が私のエスコートをしてくれるということである。

「なに、おれじゃあ不満なの?」
 そういうわけでは、ないけれど。

 本来ならば、婚約者のいない子女のエスコートは兄や従弟などの身近な男性が務めるのが通例だ。しかしながら、今の私にそれに適した相手がいないのは事実である。

 本屋の前で起こった出来事が蘇る。
 いや、きっとその比ではないだろう。今のクリスは、なんというか本気(・・)だ。これなら、白銀の貴公子と呼ばれているのも頷ける。

 そんな彼の隣にいるのは、少し、いやかなり気が引ける。
 
「だったらおれでもいいだろ」
 反論する間もなく手を取られた。

「いってらっしゃい」
 見送るようにエステル様がひらひらと手を振っている。

「あ、はい、いってきます」
 そうして、私はクリスと夜会に繰り出すことになったのだ。
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