拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
「えっ」
 私が目を瞬くと、アラン様は得意げに片方だけ口角を上げてみせた。

「見ればすぐに分かるよ。あなたの目はずっと彼を追っていたから」

 頬に血が上って、かっと熱くなる。私の態度はそんなにもあからさまだっただろうか。

「もっとも、あなただけ、ということもないけどね。向こうも相当に分かりやすいし」
「それは、どういうことですか?」
「だからラザフォード侯は苦労するということさ」

 前にも似たようなことを喫茶で言われた。その時もこうしてはぐらかされた。

「私はそれを知った上であなた達の間に割り込んだ。こういうことをする者は馬に蹴られても仕方がないと昔から言われている。あなたが気にするようなことはないもないよ」

 そういうことわざがあるのは知っているけれど。アラン様が言った言葉の意味が分からない。
 私が首を傾げてもアラン様はなんとでも取れる笑みを浮かべるばかりだ。

「ここから先は他人が言ってはいけないことだから。気になるならご本人にお聞きしてくれ」

 ご本人。つまり、クリスに聞くしかないということか。果たして真正面から尋ねて彼は教えてくれるだろうか。

「それでは、お姫様を騎士(ナイト)のところに帰さないとね」

 遠くに控えていた使用人達を、アラン様が呼び戻す。

「キャロライン嬢を屋敷までお送りしてくれ」

 男爵家の馬車に乗る直前に、アラン様が問うてきた。
「まだ何か気になることがあるかい?」

 私は本当に分かりやすいらしい。思っていることがすぐに顔に出てしまう。

「あ、大したことではないのですが」
 ただ気になっていたのだ。

「アラン様がキット様でないのなら、あの方の正体は一体、誰なのでしょう」

「ふむ」
 アラン様は顎に手を当てた。

「不思議なものだね。人の目は見たいものしか見ないというのに、一番見たいものが眼前に現れたら、逆に目を逸らしてしまうことがある」

 そのまま少しの間彼は考え込んでいた。そして、何か思いついたような顔をするとおもむろに口を開いた。

「青い鳥の話は知っているかな?」

 有名な童話だ。兄妹は幸せを象徴するという青い鳥を探して、様々なところを旅する。
 けれど結局捕まえられずに自分達の家へと戻る。
 すると、家にいた白い鳥が青い鳥になっている、そんなお話。

 この話が意味するのは、幸せは自分の身近にあるというメッセージだったはずだ。

 そっと肩を叩かれる。今までの色恋じみた仕草と違って、それは親愛に近かった。

「みっともないことこの上ないが、男というのはとかく主導権を取りたがるものなんだ」

 それはアラン様にも当てはまるのだろうか。決してそんな風には見えないのに。

「だから、往々にして自分自身を現実より立派に見せようとする。世慣れした態度を取ってみたり、大人のフリをしてみたりね」

 見上げれば、またにこりと彼は微笑んだ。

「キャロル」
 愛称が耳元で囁かれる。

「あなたは聡明な人だ。その目を真に開けてみれば見えるはずだよ。虚飾を取り払った、彼の本当の姿が」

「本当の、すがた……」

「さて、私から言えるのはここまでだ。健闘を祈っているよ」
 ひらりと手を振って、アラン様は美しく礼をした。

「ありがとうございます」

 最後まで、本当にアラン様は紳士だった。私の夢見た理想のおじ様のままだった。
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