拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
 ゆっくりと、あたたかさが唇に触れた。

 最初は啄むように。次に尖らせた舌が許しを乞うように突く。恐々口を開けば、それは私の中に容易く入り込んでくる。
 どちらから舌を絡めたのかもう覚えていない。強く吸い上げられたらお腹の奥がきゅんとする。

 求められている。それが肌で分かる。

 次第に力が入らなくなっていく腰を力強い腕に支えられる。ぴたりと、互いの体が密着する。このまま溶け合ってしまいそうに、頭がぼーっとする。

 腕の中からクリスを見上げたら、すっと目を逸らされた。

 あんなむき出しの感情をぶつけてきたくせに、悔しいほどに整った顔のままで腹が立つ。

 こっちはもう息も絶え絶えだというのに。恨みがましくジャケットを握りしめても、その顔色は変わらない。

「なに」

 なんだろう、少し、足りない。これだけで終わりではないことは、私にだって分かる。
 一応、年だけは食っているので。

 振り切るように、クリスは一つ大きく息を吐いた。
「そんな物欲しそうな顔しないでくれる?」

 口にされると恥ずかしさが度を越して訪れる。なんて顔をしていたんだろう。

「ご、ごめんなさい」

 慌てて手で押さえて俯いたけれど、頬の赤さは隠し切れていないだろう。

 それに好きだからと言って、そういうこと(・・・・・・)をすると決まったわけではない。我が身を振り返ってみたところで、そんな色気があるとも思えないし。

 貴族の男性には妻のほかに愛人がいることも多い。というかむしろ一般的だ。
 この世に色んな形の“好き”があるのだとしたら、私とクリスの“好き”が全部同じとは限らなくて、彼にはもうそういうことをする女の人がいるかもしれなくて……。

「あのさ」
 ぷにっ、とクリスの指が頬を突く。
 その指先は揶揄(からか)うように弾んでいる。

「全部聞こえてるけど」
「ひゃっ」

 なんということでしょう。心の声が全部口から出ていたとは。

「どうしてそうなるの」
「そそそ、その、クリスがそういうつもりじゃなかったから、どうしようと思って」

「はあ」

 一つ大きな溜息が降ってきて、ぎゅっと抱き寄せられる。

 そのまま私を軽々と抱えたと思うと、クリスは椅子に腰を下ろした。小さな子供のように、膝の上に乗せられる。

「あんたは昔からそうだよな。すぐに考えすぎる」

 宥める様に、大きな手が髪を梳く。耳に微かに触れる手が熱い。

 額を合わせてクリスが言う。
「おれを石か何かだと思ってるの? したいに決まってるだろ」
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