拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
 この青い目はまだ、あの激情を宿している。

「ただ物事には順序がある。今ここであんたに手を出したら、おれは亡くなったあんたの両親に合わせる顔がないってだけ」

 言われてみれば、そうである。天国にいるはずのお父様もお母様もうっかり生き返ってしまうぐらいの衝撃だろう。
 それはそれで、願ったり叶ったりだけれど。

「あとうちの母上にはなんて説明するの? めでたく両想いになったのでやることやりましたって? ひかえめに言って、卒倒するんじゃないかな」

「それは、そうだね……」
 エステル様はどんな顔をするだろう。

 ことん、とクリスは頭を私の肩に乗せた。高い鼻梁が首筋を掠めて、触れる銀髪がくすぐったい。

「あんただけ、って言ったろ」
「うん」

 そっと髪を撫でても、クリスはされるがままだった。やわらかな銀色が、私の手の中で流れていく。

「まあすぐに信じろっていう方が無理か」
 背中に回された腕の力が強くなる。
 ああ、またあの香りがする。
 包まれれば、柑橘系のさわやかさの奥に隠れたほんの少しの苦さのようなものに囚われて、胸がきゅんとする。
 ほんとうに、クリスそのものみたいな香りだ。

「いいよ。どうぜずっと一緒にいるんだ。ゆっくり、分からせるだけだ」
 いたずらっぽい笑みを浮かべて、クリスは笑う。その顔ははっとするほど輝いていた。

「ここまで待ったんだしね。もう少しぐらい、大したことじゃないよ」
 ここまで、というほど彼は一体いつからこんな想いを抱いていたのだろう。

「ねえ、クリス」
「なに」

「いつから、私のこと、すきだったの?」
 こんなこと、聞かれたって私も答えられないけれど。

「最初から」
「最初っていつ?」

「最初は最初だよ。はじめて会った日」
「そんなに、前から」

「やっと分かった? まだ騒々しく何か言うなら、その口塞ぐけど」
 すらりとした指が私の唇をなぞる。さっきまでの行為を連想させるような、艶やかな触れ方。

 それは、つまり。

「あの、クリストファーさん」
 改まったら、変な敬語になってしまった。

「なんですか、キャロラインさん」
 釣られたようにクリスも妙に敬語で返してくる。

「騒々しくしたら、また、してくれるの?」

「あー……」
 持て余したように長めの前髪を掴む。青い目はゆらゆらと彷徨って床の上に落ちた。

「それぐらいなら別に騒々しくしなくても、うん」
「ほんと?」

「ほんとだよ」

「それ、じゃあ」
 広い肩に手を置いてクリスを見る。

 あんなことをした後だというのに、その目を見るだけで途端に恥ずかしくなってくる。
 顔を見合わせて、二人してくすりと笑った。

「あんたがいいなら、何回だってしてやるよ」

 そう言ってもう一度、クリスは私に口づけてきた。
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