拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
第二章:見知らぬあなた
 最初の手紙が届いたのはきっちり一週間後だった。

 文通屋の手紙は、かの店の制服を着た配達員が届けてくれる。私が持っているのと同じ封筒が手渡される。

 ペーパーナイフでそれを開いた時、とてもいい香りがした。
 便箋のほかに丸い厚紙のカードが入れてある。すんと匂いを嗅いでみる。香りの源はこれか。

 おそらく香水かアロマオイルのようなものを染みこませてあるのだろう。どこからどう考えても大人の嗜みだ。私なんかでは到底思いつかない。さわやかな柑橘系の香りと、そして奥行きと甘さのある木々の匂い。なぜだろう、少し懐かしい気がする。

 しばしの間その香りに酔いしれた後、私は便箋を開いた。

『親愛なるキャロルへ』

 別になんてことない手紙の書き出しだ。けれど、それもキャロルという見慣れた名前も、輝いて見えるほどに整った筆跡。
 “キット”というのが相手の名前だった。おそらく彼も私と同じで、愛称や本名をもじった文通名を名乗っているのだろう。

 自己紹介は簡単なもので、男の人であることぐらいしか分からなかった。年齢も職業も記されてはいない。単調な生活に張り合いが欲しくて文通をはじめたけれど、どんなことを書けばいいのか分からない。そんなことが美しい字で綴られている。

 けれどそれで十分だった。この字を見れば分かる。ちゃんとした教養のある本物の貴族だ。しかもうちのような倹約家ではなくて、それなりに高位でお金持ちの。

 何より一番私をときめかせたのは、この手紙の結びだった。

『明日の貴女(あなた)が幸せでありますように』
 それを読んだ時、頭の奥がぐらりと揺れるような心地がした。

 「貴女」だなんて、誰からも、言われたことはなかった。

 ただの黒ではない、青みがかったインクで書かれた文字を、指先で撫でた。レースのようなエンボス加工のされた便箋はしっとりと触り心地がいい。皺が寄らないようにそっと、私は便箋を抱きしめた。

 彼がどれほどの思いで、これを末尾に添えたのかは分からない。誰にだって書いているただの定型文なのかもしれない。

 この世界に少なくとも一人は私の幸せを祈っているくれる人がいるという、その証。
 たとえ明日がどんな日であっても、この言葉とともに生きていける。そんな気がした。
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