拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
 愕然とした。

 言われてみればそうだった。母が結婚したのも十八歳の時だ。そして僕の父はその時、二十五歳だった。

 仮にキャロラインが十八歳で結婚するとして、その時僕は十四歳だ。なんてことはない。同室の彼の目に浮かんでいたのは、純粋な憐みだ。どう考えても相手にならないことは明白だったのだから。

 夜会でドレスを身に纏うキャロラインを、思い浮かべてみる。

 あの茶色の髪には何色のドレスが似合うだろう。
 その頃の僕には知識が足りず、具体的には想像できなかった。ただ、漠然ときれいな服を着たキャロラインだけが頭の中で微笑んでいる。

 そうして美しく着飾った彼女の隣に立つ男を想像する。

 きっとキャロラインよりも頭一つ分は背が高くて、精悍な顔立ちをしている。
 落ち着いたリードで、ゆっくりと手を引いていく。
 見上げてくる彼女と目が合えば、余裕たっぷりに微笑み返すのだ。

 対して、僕はどうだろう。

 少しは伸びたけれど、まだ僕の方がキャロラインより背が低かった。
 こんな子供に夜会の正装を着せても似合うはずもない。
 服に着られているのがオチだろう。自室の部屋の鏡に映る僕は、痩せっぽっちで顔色の悪いガキでしかなかった。

 何度も何度も、彼女のことを思い出した。絵に描く度に、それは鮮明になっていった。

 その頬に触れたことがある。
 キャロラインは僕の絵を楽しそうに見て「すごい、すごい」と褒め称えていた。

 とても神聖なもののように思えていたのに、手を伸ばしたら届いてしまった。
 想像したよりも、ずっとやわらかかった。ふわりとした感触は、マシュマロに少し似ている。

『どうしたの? クリス』

 きょとんとした紫の目が、僕を見つめる。
 僅かに首を傾げたら、微かな重みが手にかかってきた。それがたまらなく愛おしかった。

 それが全部、他の男のものになるだなんて、信じたくなかった。

 彼女はきっと、知らないだろう。
 離れている間に僕がどれだけ思いを募らせたのか。
 そして、その分だけ僕はキャロラインとうまく話せなくなった。
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