拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
『久しぶり、クリス!』

 休みに帰った時に会うキャロラインは、びっくりするほど変わらなかった。
 いや、変わってはいる。記憶の中のよりも、僕が絵に描いたそれよりも、目の前の彼女は可憐だった。
 少し伸びた髪を緩やかにまとめていて、覗く項の白さに、どうしようもなくどきどきした。

 けれど、その態度はちっとも変わらないのだ。

『ねえ、今は何を描いてるの?』
 僕が絵を描いていると、後ろから抱き着くようにして覗き込んでくる。
 そうして触れる、やわらかな膨らみと甘い香り。一瞬で顔に血が上って、何も考えられなくなった。

『い、いきなり見ないでくれる?』
 僕が必死で距離を取ると、キャロラインは丸い頬を膨らませた。

『前は見せてくれたのに。クリスのいじわる』

 そこで僕はやっと気が付いた。
 キャロラインには、僕より六つ年下の弟、ライナスがいる。彼女はよく、ライナスを膝に乗せたり頭を撫でたりしていた。
 僕の扱いはライナスと同じなのだ。だからやたらと距離が近い。

 つまり、ちっとも意識されていないのだ。同室の彼は「相手にされなくなる」と言ったが、それ以前の問題だった。
 旦那様だなんて程遠い。キャロラインにとって僕は、恋愛対象でもないだろう。

 つまり僕は早急に、“大人”にならなければならない。
 僕がずっと好きだったのに。ずっと、彼女だけを見てきたのに。
 そうしないと、何もできないままに、キャロラインは見知らぬぽっと出の誰かの妻になってしまう。

 僕は、内心結構焦っていた。
 キャロラインは十六歳になってデビュタントを迎えた。
 僕は十二歳になったが何も変わらない。毎日朝から晩まで学校で授業を受けて、時折家に帰ってくるばかりだった。

 その頃、母とアリシア様――キャロラインの母上が話しているのを盗み聞きしてしまったことがある。

『ねえ、アリシア。あの二人、いい感じじゃない?』
『どこの二人?』
『しらばっくれないでよ。うちのクリスとあなたのところのキャロよ』

 そんなつもりはなかったのに、自分達のことを話していると分かると聞き耳を立ててしまうのをやめられなかった。

『そうだね。仲がいいとは思うよ』

 よかった。どうやら印象は悪くないようだ。貴族の結婚において、親の決定は絶対である。それこそ本人の意思よりも尊重されるほどに。

『だったらもういっそのこと、婚約させちゃわない?』
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