拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
 心の中でガッツポーズをした。
 
 天真爛漫を通り越してどうかしていると思うことも多い母ながら、この時ばかりはいい仕事をしてくれたと最大級の拍手を送った。

 キャロラインと婚約することができれば、大団円である。もうこんなもどかしい思いをしなくていい。僕はただ、成人するのを待っているだけで大好きな人の隣に並ぶことができるのだから。

 いいぞ、もっとやれと僕は思っていた。

『それは、どうかな』
 アリシア様はゆっくりと答えた。

『え、何。反対なの? わたし達だって親戚になれるし、いいこと尽くしじゃない?』
 母が椅子から立ち上がって身を乗り出しているのが目に見えるようだった。

『エステルはさ、運命ってなんだと思う?』
 唐突にアリシア様は母にそんなことを問うた。

『なんだろ……なんかこう、天から降ってくるとか、赤い糸とか、そういうのじゃないかしら』

 我が母らしい、なんとも掴み所のないぼんやりした返事だった。

『私はね、何を好きになるか、だと思うんだ』
 対して、アリシア様は凛とした声でそう言った。

『これを好きになれば幸せになれるって思っても、好きになれるとは限らないし。逆に、これを手放せば楽になれるって思っても、手放せるものでもないでしょう?』

 キャロラインはどちらかというと彼女の父親に似ていて、おっとりした質だ。
 アリシア様はそれとは違って、少し近寄り難い雰囲気があった。どうしてうちのあの母親と仲がいいのか疑問が湧くほどに。そんなアリシア様の言葉はひどく説得力があった。

『クリス君もキャロも、まだ子供だからこれからきっと色んな人と出会うよ。他の人を好きになるかもしれない。その時に足枷になっちゃうのは、やだよ』

 キャロラインが、他の人を好きになる。
 それはショックではあったけれど、不思議とすとんと落ちてきた。

『だから、私達が何か決めるのはやめにしよう? 私達は私達、二人は二人だよ。そっと見守るだけにして、あとは本人達の自由に任せようよ』

 言い含められた母が、椅子に大人しく椅子に座り直す気配がした。

『それは、そうね……』

『もし大人になった二人が本当の好き同士になれたら、それはすごく素敵なことだと思うから』

 同時に自由というのは残酷だと思った。
 けれどだからこそ、僕はキャロラインを好きになることができたのだ。誰に強制されることもなく、僕だけの意思で。

 もしもキャロラインが、他の誰でもない彼女自身の意思で、同じように僕のことを選んでくれたら。

 それはどんな宝石よりも尊く、素晴らしいもののように思えた。 
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