拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
 そうこうしているうちに、僕が夢にまで見た十八歳を迎える日が来た。

 ありとあらゆる準備をしてきたつもりだった。体も鍛えたし、侯爵たる父の仕事の手伝いだって十分にこなした。
 人付き合いは得意ではないけれど、社交にも手を抜かなかった。

 今の僕にはもう、ひ弱な面影はどこにもない。
 ちなみにこの歳になっても髭はほとんど生えなかった。体質らしい。
 もう少し貫禄が出るかと思ったのに、残念なことこの上ない。

 これでやっと彼女に堂々と結婚を申し込むことができる、そう思っていたのに。

 あろうことか、キャロラインは結婚相手を探して文通をはじめるという。まあ、事の発端は残念ながら我が母だったけれど。

 長い付き合いだが、僕はキャロラインから手紙をもらったことはない。寮にいる間も、一度もだ。

『それを言うならキャロラインはもう、立派な行き遅れですよ』
 なんだか無性にいらいらして、また心にもないことが口から出てきた。

 家のことがあったからなのか、彼女が夜会に出席する回数は多くはなかった。キャロラインに誰も寄ってこないとしたら、夜会に出席している全ての男の目が節穴ということである。声を大にしてみんな気付けと言いたい。

 けれど、そうやってキャロラインが見出されてしまったらどうだろう。僕は最愛の人が誰かの妻になるのを祝福しなければならない。だから、夜会の度に「誰にも見つかりませんように」と願わずにはいられなかった。

 キャロラインはふわりと微笑むだけで、何も言い返してこなかった。

 いつからだろう。こんな風になったのは。
 あんなに明るかったキャロラインは、とてもおとなしくなった。

 年相応に落ち着いたといえば、そうなのかもしれない。
 けれど、もう随分と笑った彼女を見ていない気がする。いや、笑ってはいるのだ。でもそれは僕が好きなキャロラインの笑顔じゃない。何かを諦めて、手放した笑みだった。

 明るい陽が差し込むはずの窓にはもうずっと、分厚いカーテンがかかっている。
 その向こうで、小さなキャロラインは机の下に隠れて泣いている。
 そんな気がしてならないのだ。
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