拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
 キャロラインが申し込んだ文通屋には、裏がある。

 相応の金を積めば、望んだ相手と文通することができるのだ。僕はそれを、社交界の噂で聞いて知っていた。理想の文通相手が見つかるというからくりの一つはそれにある。

 ただし、その手が使えるのは一度きり。気に入らないからと交代させられてしまったらもう、打つ手がない。

 僕は文通屋で、キャロラインを相手に指名した。

 一番きれいに見える便箋を選んで、文字を綴った。こんなことを想定していたわけではないけれど、それなりの字が書けるようになっていてよかった。

 この一通で、彼女の興味を惹かなければならないのだ。思いつくことは、全部やった。
 我ながら格好付けすぎてどうかと思ったけれど、手段を選んでいられるほど僕はおめでたい身分ではなかったから。

 返事はすぐに来た。

 そういえば、キャロラインの字をちゃんと見るのはこれがはじめてだった。
 少しだけ右上がりで、一文字ずつ丁寧に書かれていることが見て取れる。
 丸みを帯びた文字は、彼女自身を象徴しているようだった。

 色んな邪な思いがあったことは確かだけど、文通をするのは純粋に楽しかった。
 届いた手紙を、僕は何回も読み返した。

 本当は沢山あったのだ。聞きたかったことも、話したかったことも。
 僕のスケッチも、素敵だとキャロラインは褒めてくれた。久しぶりに、あの頃のように彼女のそばにいられた気がした。

 実を言えば、少しだけ期待もしていた。
 キャロラインが相手が僕だと気づいてくれることを。

 しかしながら、そこは揺るぎなく彼女のままだった。

『うんと年上の、さらっとした黒髪で髭の似合うおじ様だったらいいなぁ』
 うっとりと夢見るように天井を見つめ、キャロラインはそう言った。

 目の前に癖毛で銀髪の僕がいるのにも関わらず、である。目の色まで一つも一致しなかった。
 そしてそれは、僕がかつて思い描いた、彼女の隣に立つ男の姿にひどく似ている。

『はあ、本気で言ってんの? ばかじゃないのか』

 気持ちをどこに持っていけばいいのか分からなかった。

 キャロラインが文通をしているのは、僕である。その白い手の中にある便箋を書いたのは間違いなくこの僕だ。

 想像の中の運命の人ではなく、現実に存在してキャロラインのことを想っている僕のことを見て欲しかった。

 けれど、彼女が見ているのは僕ではないのだ。それはまるで影のように、歪に長く伸びている。

 結局僕は、どうやっても大人の男に敵わないのか。
 そう思うとたまらなく胸が苦しくなったのだ。
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