拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
 こうなったらもう、やけである。

 彼女が望むのなら、大人の男のフリをしてやろう、そう思った。
 僕は努めて紳士のフリをして、手紙を返し続けた。

 キットを演じていれば、クリストファーにはできないことが容易くできた。
 好きな小説を訊ねることも、欲しいプレゼントを相談することも。そして、キャロラインのためにドレスを仕立てることも。

 その全てがどうしようもなく心が躍ることに違いないのに、同じぐらいまた悲しくなった。

 本当は、僕としてキャロラインにドレスを選びたかった。けれど、キャロラインは決して首を縦には振ってくれなかった。

『これ以上迷惑かけたくないよ』
 迷惑だなんて思ったことは一度もない。むしろいくらでも頼ってほしかった。

『家族からお金なんか取れないよ』
 ならば、家族とは一体なんなのだろう。
 キャロラインにお針子の真似事をさせて平然とした顔をしている叔父夫婦なんかよりも、僕の方がよっぽど彼女のことを大切にできる。そのはずなのに。

 やっぱり年下の男なんかには頼れないとでも言いたかったのだろうか。

 そんなことばかり考えながら、僕は仕立て屋に向かった。

 「ノワール」は令嬢の間で人気があると評判で、確かに意匠ひとつひとつのセンスが良かった。どれもこれもキャロラインに似合いそうだ。

「どのようなドレスをご所望ですか」
「どのような……」

 何度も何度も、想像した。果たしてどんなものならば、キャロラインに似合うのだろう。

 ふと頭に浮かんだのは、昔彼女と行った湖の景色だった。
「春の、湖……」

 するりと言葉が出てきてしまったら、あとはもう止まらなかった。

「あんまり強い色は、似合わないかなって、思います。できれば暖色系の色がいい。あいつの良さをめいいっぱい引き出してやれるような」

 やわらかに萌えた緑。ふわりと咲いた赤やピンクや黄色の、僕が名前も知らない花々は、決して華美ではないけれど可憐で愛らしい。豊かな水を湛える湖は、澄んだ水色。

 その中心にキャロラインがいて、くるりとスカートを翻したかと思えば、にこりと微笑む。
 その全てにあたたかな春の()が差し込んで、きらきらと輝くのだ。

「そんなドレスなら、似合うかなって」
 自分で言ってしまってから、はっとした。

 僕は羞恥で思わず視界の端の銀の前髪を掴んだ。我ながら感傷的が過ぎる。

 ああ、きっとひどい子供の妄想だと思われた。ドレスに必要なのは僕の思い入れではなく、もっと別の何かだ。

 マダム=ローランは社交界の作法に精通した大人の女性だから、鼻で笑われるに違いない。こういうところがどうも、まだ治らない。

「いえ、忘れてください。今の流行りを考えるとやはり」
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