拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
「素敵ですね」
言い訳がましい僕の言葉を遮ったのは凛とした声だった。侮蔑も嘲りも含まれていない静かな顔をして、マダム=ローランは続ける。
「一からオーダーとなると次の夜会に間に合わせるのは難しいかと。お伺いしたイメージに合うものをいくつか選んで、そちらを手直しするのはいかがでしょう」
妄想をこの世に形作る、きわめて現実的な提案だけが返ってくる。
「分かりました。そちらでお願いします」
彼女が選んだものを何着か見て、厳選に厳選を重ねて五着まで絞った。気づけばもう、仕立て屋の大きな窓からオレンジ色の日が差し込んでいた。
きっとこんな色も、キャロラインには似合うだろうなと思った。
「すみません、時間がかかりましたね」
屋敷を出たのは昼過ぎだったはずだ。随分と時間が経ったはずなのに、一瞬だったような気がする。
「いえ。皆様悩まれるものですから」
さすがというべきか、店主のマダム=ローランは疲れを全く見せずに微笑んだ。控えていた針子が替えの紅茶を淹れてくれる。
「とても大切な方へのドレスなのですね」
僕が選んだドレスを見ながら、彼女は黒い目を細めた。
「そうですね。でも、おれが選んだということは内密にしてほしいんです」
僕はマダム=ローランにキャロラインにはそうと悟られずに彼女のドレスを仕立てたいということを、簡単に話した。
「承知いたしました」
こういったやり取りには慣れているのだろう。
噂によれば、一人の男の愛人と本妻に同じドレスを作ったこともあるという。それに比べれば僕なんて、可愛いものだ。
「僭越ながら、クリストファー様」
見透かしたような目が、僕を見る。
「どんなにお心を尽くしていても、口にしなければ伝わらないものでございます」
マダム=ローランは妖艶に微笑む。美人だがそれなりに年齢を重ねているのだろう。
さすがに母上よりは年下だろうけど、幾つなのかを悟らせないような不思議な重みがある。
「そして女はいつも、何より言葉を求めるものですから」
「そう、ですかね」
それはおそらく真実なのだろう。僕よりもずっと彼女の方が、男女の機微に詳しいはずだ。
自分が書いた言葉が蘇る。
『貴女はとても美しい人だ』
手紙だと思えばこそ、素直に綴ることができた。僕にとっての一番はいつだって、キャロラインだ。
けれどこんなこと、どんな顔をして言えばいいのだろう。
そして伝えたとして、キャロラインはなんと返すだろう。
いつものように、紫色の瞳に怪訝な色が浮かんで、少し首を傾げてきょとんとするに違いない。
それを思えば到底、口にできる気はしなかった。
言い訳がましい僕の言葉を遮ったのは凛とした声だった。侮蔑も嘲りも含まれていない静かな顔をして、マダム=ローランは続ける。
「一からオーダーとなると次の夜会に間に合わせるのは難しいかと。お伺いしたイメージに合うものをいくつか選んで、そちらを手直しするのはいかがでしょう」
妄想をこの世に形作る、きわめて現実的な提案だけが返ってくる。
「分かりました。そちらでお願いします」
彼女が選んだものを何着か見て、厳選に厳選を重ねて五着まで絞った。気づけばもう、仕立て屋の大きな窓からオレンジ色の日が差し込んでいた。
きっとこんな色も、キャロラインには似合うだろうなと思った。
「すみません、時間がかかりましたね」
屋敷を出たのは昼過ぎだったはずだ。随分と時間が経ったはずなのに、一瞬だったような気がする。
「いえ。皆様悩まれるものですから」
さすがというべきか、店主のマダム=ローランは疲れを全く見せずに微笑んだ。控えていた針子が替えの紅茶を淹れてくれる。
「とても大切な方へのドレスなのですね」
僕が選んだドレスを見ながら、彼女は黒い目を細めた。
「そうですね。でも、おれが選んだということは内密にしてほしいんです」
僕はマダム=ローランにキャロラインにはそうと悟られずに彼女のドレスを仕立てたいということを、簡単に話した。
「承知いたしました」
こういったやり取りには慣れているのだろう。
噂によれば、一人の男の愛人と本妻に同じドレスを作ったこともあるという。それに比べれば僕なんて、可愛いものだ。
「僭越ながら、クリストファー様」
見透かしたような目が、僕を見る。
「どんなにお心を尽くしていても、口にしなければ伝わらないものでございます」
マダム=ローランは妖艶に微笑む。美人だがそれなりに年齢を重ねているのだろう。
さすがに母上よりは年下だろうけど、幾つなのかを悟らせないような不思議な重みがある。
「そして女はいつも、何より言葉を求めるものですから」
「そう、ですかね」
それはおそらく真実なのだろう。僕よりもずっと彼女の方が、男女の機微に詳しいはずだ。
自分が書いた言葉が蘇る。
『貴女はとても美しい人だ』
手紙だと思えばこそ、素直に綴ることができた。僕にとっての一番はいつだって、キャロラインだ。
けれどこんなこと、どんな顔をして言えばいいのだろう。
そして伝えたとして、キャロラインはなんと返すだろう。
いつものように、紫色の瞳に怪訝な色が浮かんで、少し首を傾げてきょとんとするに違いない。
それを思えば到底、口にできる気はしなかった。