拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
 確証があるわけではなかった。

「クリストファー=ラザフォードと申します」
 僕が訪ねたのはオースティン家の屋敷だった。

「オースティン卿にお目通りを願いたい」

 追い返される覚悟はしていた。突然の訪問だなんて、無作法もここに極まれりである。しかしながら、他に方法もなかったので。

「ご案内いたします」
 現れた執事は恭しく礼をした。

 広い屋敷だった。うちも決して小さくはないと思うが、それと比べても広い。
 そして何よりセンスがいい。建物のたたずまいも植えられている花も、全てが洗練されている。

「旦那様、お連れいたしました」

 その中心にある四阿に、アラン=オースティンその人はいた。ゆるりと足を組んで紅茶を飲んでいる。
 ただ座っているだけなのに圧倒的な貫禄がある。

「ごきげんよう、ラザフォード侯。掛けてください」

 向かいの席を示されたが、仲良くテーブルを囲んでお茶をする気持ちにはなれない。
 一応爵位だけはうちの方が上なので慇懃に扱われてはいるが、あまり敬われている気はしなかった。
 彼からしたら僕なんてただのガキにすぎないということだろう。まあ、事実である。

「いえ、結構です」

 古来より一人の女性を巡って二人の男が相まみえてすることといえば、一つである。
 我ながら決闘は向いていないと思う。オースティン卿は見るからに体格がいい。殴られたら僕なんて即座に吹っ飛ぶだろう。

「本日伺ったのは、スタインズ子爵令嬢についてお話したかったからです」
「キャロルのことが、どうかしたかな」

 響きのある低い声が、やけに親し気にキャロラインの愛称を呼ぶ。僕だってそんな風に呼んだことないのに。
 非常にむっとするがここは我慢だ。

「単刀直入に言います」

 この身に何があるかを数えても、その多くをもう、オースティン卿は持ち合わせている。
 だったら奇を衒ってもしょうがない。ここは真正面から行くとしよう。

「キャロラインから手を引いて頂きたい」
「ほう」

 形のいい眉がぴくりと動く。緑の目に好奇の色が宿って、物珍しそうにこちらを見遣る。

「貴殿にそれを言う権利があるとお思いで?」
 僕にそんな権利はどこにもない。分かっている。

「誰を愛すも愛さないも、キャロルの自由ではないかな」
 
「おれはずっと昔からキャロラインのことが好きです。少しぐらい口を挟んでも許されるでしょう」

 オースティン卿の目がぱっと見開かれる。ことん、と音を立ててゆっくりと、彼の手にあった紅茶のカップが置かれた。
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