拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
 そしてオースティン卿は突然、笑い始める。

「はははっ!! 私相手に告白しても仕方がないと思うがね……!」
 おかしくてしょうがないといった声音だった。声を立てて笑う様は、この狡猾な男爵のイメージにはややそぐわない。

「失礼。ばかにしたつもりではなかった」
 やがて笑いの波を乗り越えたのか、彼は元よりもいくらかすっきりとした顔で言った。

「意地を張らずに、最初からそう言えばよかったのに」
 最初、というのはあの夜会の時だろうか。

「……あなたに言われるようなことでは、ないと思いますが」

 睨みつけたら、それを全く意に介さずにオースティン卿は微笑み返してきた。余裕綽々といった感じだ。
 にしても僕とキャロラインのことを彼はどうやって知ったのだろう。

「そんなものはちょっと気を付けて見ていれば分かるというのが半分と、少しだけ大人げない手を使った」

 優雅に腕を組んでみせると、見透かしたようにオースティン卿は言った。

()は、あの文通屋に金を出しているのが誰だか知っているかい?」
「さあ。金を持て余した御隠居の余生の楽しみだとか、成金貴族の税金対策だとか色々噂は聞きましたけど」

 どれも噂の域を出ないレベルの話で、裏付けには乏しかった。ただ、店の様子を見ても経営はすこぶる順調なことだけは確かだろう。

「御隠居の余生の楽しみか……それはあながち嘘ではないな」

 満足げに頷いた様を見て、

「まさか」

「ちゃんと封筒にエンブレムも入れておいたけれど、お気づきにならなかったかな」
 そこまで深く考えたことすらなかった。なにせ、僕はキャロラインのことで頭がいっぱいだったので。

Austin(オースティン)のAか」
Alan(アラン)のAかもしれないよ」

 しかし、そうなると状況は変わってくる。

「あなたは、おれとキャロラインのやり取りを盗み見ていたんですか」

 手紙を読めばキットのふりをすることだって容易い。僕みたいに無理な背伸びをして大人を演じる必要も、彼にはないのだから。

「そんなに怖い顔をしないでくれ。誓って、私は手紙の中身までは見ていない。知っているのは『要望書』の内容までだ。元々、私がこっそりとやり取りしたい人がいて片手間にはじめただけだったんだ」

 足を組み替えて、オースティン卿は僕に向き直る。

「誰が誰と関係を持ちたいと思っているのか、どれぐらいの頻度でやり取りをしているのか。それだけでも、この世界を生き抜くには十分に価値がある情報だと思わないかい?」

 それは、分かる。
 身を置いているとひしひし感じる。ほんの少しの噂ややり取りで、風向きは大きく変わる。
 社交界では情報こそが金よりも宝石よりも価値があると言ってもいい。

 オースティン卿一人が、まるで飛ぶ鳥のように天高くから社交界を見渡していたとしたら。彼が事業に成功を納めたというのも頷ける。

「思い知ればいいと思ったんだ。不確かな関係性にあぐらを掻いていられるほど、甘くないってね」

「それは……」
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