拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
 分かっていたつもりだった。
 キャロラインがいつ他の誰かと結婚してもおかしくないことを。この六年間、僕はずっとその可能性を見つめてきた。

「言えたことだけが真実だよ、少年。何事もちゃんと口にしないと伝わらない」

 随分と実感の染みた言葉だった。似たようなことをマダム=ローランにも言われた。しかしながら、さすがに少年と言われるとカチンとくる。

「そこまで子供ではないつもりですけどね」
「大して変わりはしないさ。君はまだ私の半分も生きていない」

 ああもう、またここでも立ちはだかる年齢の壁である。僕は永遠にこれと戦い続けなければならないのだろうか。

「そして一途なのはいいことだが、君はもう少し世界を見て知った方がいい。ただ好いた女性をがむしゃらに追いかけるだけでは、人としての幅は広がらないよ」

 オースティン卿のいう“世界”とは、一体何だろう。
 僕が生まれたのはキャロラインがいる世界だった。そして、僕の心はずっとキャロラインに向かってきた。

 何を好きになるかが運命なのだとしたら、僕の運命はあの時決まったのだろう。キャロラインにはじめて出会った、あの日に。

 ここにいる僕を作ってくれたのは、他ならぬ彼女なのだ。キャロラインのいない世界に、今のこの僕は存在しない。
 だからそもそも無理だったのだ。僕がキャロラインなしで生きるだなんて。

「あなたは世界を知った結果、言うべきことが言えなくて今日まで独身を貫かれたのですか?」

 オースティン卿の顔から一瞬表情が抜けた。おそらく図星だろう。

 ほんの負け惜しみのつもりだった。こういうのは外すからいいのであって、当ててしまったら無性に居心地が悪い。
 ただその人とやり取りをするために彼が文通屋をはじめたのだとしたら。その気持ちは、少し分かる気がした。

「……ああ、その通りだ」
 ふっと、片方だけ口角を上げてオースティン卿は笑った。他の何よりも、彼は自分自身を嘲っていた。そしてそれは、どこかの違う地平の僕の姿に違いなかった。

 そうならなかったのはたまたま、運がよかっただけだと言わざるを得ない。
 そう、だからこそ僕はあの手紙の返事を届けなければいけないのだ。

「キャロラインに会わせていただけますか」
 一刻も早く彼女に会いたかった。

 オースティン卿は大仰に肩を竦めてみせる。芝居がかったような仕草だが、妙に様になっている。
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