拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
「残念ながら私はフラれたところでね。お姫様は無事お送りしたよ」

「ちっ」
 ならそれを先に言ってくれ。

 知っていたらこんなところで長居はしなかったのに。

「聞こえているよ」
 心の声が口から全部もれてしまった。まったく、キャロラインのことを笑えない。

「失礼します」
 形だけは恭しく礼をしてみせたが、これでは台無しだろう。

「ラザフォード侯」
 くるりと踵を返した僕の背に、低音の声が響く。

「その呼び方、やめてもらえませんかね」
 振り返って僕は言った。

 彼が敬意を払っているとすれば、僕ではなくうちの家名にである。どうせ少年(ガキ)だと思っているのなら、その通り扱えばいい。

 オースティン卿は、やれやれとばかりに苦笑して椅子から立ち上がった。

「それでは、クリストファー君」
 そんな風に呼ばれるのは学校にいた頃以来だろう。
 年相応で身に馴染む気はするが、やっぱりちょっと癪である。

「年長者として言わせてもらうが、年を取ると当たり障りのない人付き合いが得意になる代わりに、素直になるのに臆病になる。本当の自分を見せることほど恐ろしいことはないからね。誰かと真正面からぶつかることができるのは若者の特権だよ」

 オースティン卿はすっと、その目を細めた。
 それは通り過ぎた何かを懐かしむような、そんな目だった。

「いつだって、素直になるのは怖いですよ」
 だって僕はずっとそれが怖かった。
 ただ世慣れした分だけもっともらしい言い訳が上手くなるだけの話だ。

「年齢を理由にした時点で人は老いると思いますけどね」

「それもそうだな。けれど、いつか君にも来るはずだよ。君が切り捨てたかったその若さをこそ、羨ましく思う日が」
 そんな日が本当に来るのか、今の僕には分からない。

「君が勝ったのでも、私が負けたわけでもない。ただ、彼女が決めただけだ。あとは、せいぜい頑張ってくれたまえ」
 ただいい加減腹が立っていたのも事実なので、

「うっせぇよ、おっさん」

 当然、貴族男性の物言いではないが、彼に言わせれば僕は少年ということなので、これぐらいは許されるだろう。

「はははっ。白銀の貴公子は存外に辛辣だね。悪くない」
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