拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
 “離れていた時間を埋め合うように、二人は話をした。
 起きたことは変わらない。寂しかった気持ちはなくならない。
 けれど、それがあったからこそ、今一緒にいられるのだとジェシカは強く思ったのだ。

 あの日と変わらず、この丘には一面の花が咲いている。
 『おかえりなさい、ロイ』
 ジェシカは目の前の愛する人を強く抱きしめた。
 私はもう、この人を離しはしない。”

 ぱたりと、読み終わった本を閉じる。
 顔を上げれば、開いた窓からはあたたかな日が差し込んでいて、静かな湖水地方の風景が見える。
 ふわりと、風がカーテンを揺らした。

「どう? 面白かった?」
 隣に座るクリスは、さらさらと鉛筆を動かしていた。

「うん、すっごいよかったよ」
 最高の最終回だった。六年待ったからこそ、様々な困難を経てまた出会えた二人と同じ思いが分かち合える気がする。

「じゃあおれも次読ませてもらおう」
 目が合うと、切れ長の目元が少し緩む。いっそ近寄り難いほどに感じる白銀がやわらかになって、彼を彩る。

 この人はこんな、やさしい目をする人だっただろうか。

 すっ、と鉛筆を持っていない方の腕が伸びてきて、髪に手が触れる。
 すぐ手が届くほどに彼は近くにいるのだと、思い知らされる。

「どうかしたの?」
 訊ねられても、こんなこと口に出して言えるはずもない。

「なんでも、ないよ」

「思ってることがあるなら言った方がいい。キャロは変なところで変な我慢をするから」
 急に気恥ずかしくなって下を向いたら、ぽんと頭を撫でられた。

「ちなみにおれは今、かわいいなって思ってたけど」

 なんだろう。ぼんやりしていることに定評があるこの頭は、とうとう聞いた言語を自分に殊更都合がいいように曲解するようになってしまったのかもしれない。

「うそ」
「嘘じゃない。おれはもう、考えてることはちゃんと言おうって決めただけ」

「そ、そっか……」
「じゃないとロイみたいなことになるからな。ああいうのはもう、ごめんだ」

 確かに、ロイは口が重い。言葉が少ないから二人は沢山すれ違うけれど、そこがいいというか、だからこそ最後の彼の告白が活きてくるわけであって。

「お前が告白すれば終わる話だろって、五回は思ったな」
「それを言ったらおしまいだよ」
 恋愛小説においてそれはご法度である。ただこの物言いはひどくクリスらしくて、私は笑ってしまった。

「多分ね、そういうところがジェシカは好きなんだよ」

 沢山言葉が欲しい時もある。不安になる夜もあるけど、そういう人だからこそ好きになってしまったのなら、もうどうしようもない。

 何が輝いて見えるかは、分からない。それは見つけた人だけの宝物のようなものだ。
 それが多分、ある種運命と呼ばれるものなのだろう。

「そういうものか」
「うん、きっとそういうものだよ」
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