拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
 私も絵が描けたのなら、きっとあの笑顔を描くだろう。サインをどんな風に読むのだろうと悩む私を尻目に、彼は珍しく誇らしげだった。
 描けない代わりに私は、時折それを心の奥底から汲み上げて、思い出す。

 クリスもライナスと同じ貴族学校に入ったから、自然と会うことは少なくなった。
 たまの休みの時に会う彼はだんだん素っ気なくなった。

『これぐらいどうってことないだろ、キャロライン』

 はじめてクリスにそう呼ばれた時のことを、今も覚えている。ずっと家族やエステル様は“キャロ”と呼んでくれていて、私にとってそれは親しい間柄の証明のようなものだったのに。すっと線引きされたような、彼が遠くに行ってしまったような気がした。

 そして現在に至る。未だに、彼は他人行儀に私のことをキャロラインと呼ぶ。

『ねえ、いつか私の絵を描いてくれる?』
『いいけど、もう少し上手になってからね』

 そんな約束をしたこともあったけれど、彼はまだ絵を描くのだろうか。あの青い目に何が映っていたのか、私はどんな風に見えたのか。知りたいと思っても、今はもう知る方法はない。

 ぼんやりと絵を眺めていたら、文通屋の配達員の人が我が家に向かってやってくるのが見えた。
 おかしい。まだキット様には返事を書いていないのに。

「お相手の方からです」

 配達員が差し出してきたのは、あの白い封筒だった。

『出すぎたことかもしれないが、もし、私ともう少しやり取りをしたいと思ってくれるのなら、これを使って欲しい。貴女は私の世界に彩りを与えてくれる』

 もはや見慣れたと言っていい、流れるような筆致で、そう一言書かれていた。
 まるで私が手紙を出したくなるのを見透かしていたように。つまりこの追加の分の封筒の代金はキット様が払ってくれたのだろう。

 歳を重ねれば、私もこんなことが出来るようになるのだろうか。

 子供じみた喧嘩をしてしまった後に、お手本のような大人の男性の気遣いは、なんだかひどく沁みるような気がした。
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