早河シリーズ第四幕【紫陽花】
「なぁんだ。全部バレちゃってるのね」
テレビで見せている愛らしい口調とは一転して寒々しい乃愛の声。乃愛は拳銃のグリップを握り締めてクスクス笑った。
「そうよ。ぜーんぶ私が命令したの。でも私がしたのはそれだけ。私が直接玲夏さんに嫌がらせしたんじゃないから、罪にはならないのよ」
『それは違う。君がしたことは殺人教唆という立派な犯罪だ』
笑っている乃愛を早河は睨み付けた。乃愛には罪の意識の欠片もない。
「殺人教唆ぁ? 私が誰に殺人を命令したって言うの?」
『せっかくだから覚えておいた方がいい。殺人教唆は殺人を犯した実行犯よりも、殺人を命じた教唆犯の方が罪が重くなる場合がある。君は津田に速水杏里を操らせて平井透を殺したんだ』
平井の名前に笑っていた乃愛の顔がひきつった。
『ゆっくり説明してやるよ。矢野ー』
『へーい。準備万端、待ってましたー』
この場の雰囲気にそぐわない軽快な矢野の声が乃愛の神経を苛立たせる。
矢野はキャンプ場の木のテーブルの側に立っていた。テーブルには紙コップが二つ。
『さぁーて、マジシャン矢野くんのマジックの時間ですよー。まぁ、マジックってほどでもないんだけど、乃愛ちゃんいいかな? よぉーく見ててよ。わかりやすいようにこの紙コップにはそれぞれAとBと書いておいたから、これが平井が殺された時の宴会場でのあの湯呑みだと思ってね』
矢野は乃愛によく見えるようにAとBと書かれた二つの紙コップを掲げた。早河が矢野からAの紙コップを受け取る。
『平井は“自分で仕込んだ毒”で死んだ。でも彼は自殺じゃない。平井はある人間を殺そうとしていた。彼はAを殺すためにAの席の湯呑みに毒を仕込んだ。そのAとは一ノ瀬蓮』
早河がAのコップをテーブルに置く。今度は矢野がAのコップを手にして言葉を引き継いだ。
『一ノ瀬蓮を殺すための毒で平井は死んだ。何故かって? 答えは簡単。平井の湯呑みBと一ノ瀬蓮の湯呑みAがトレードしちゃったんだな』
矢野がAとBの紙コップの位置を入れ替えた。早河と矢野が目を合わせる。
『ではこの入れ替え工作をしたのは誰か?』
『またまた答えは簡単だ。平井と一ノ瀬蓮の湯呑みを入れ替えたのは津田さん、あんたにリモートコントロールされていた速水杏里だ』
津田の肩が震えている。乃愛の無表情な顔に狼狽の色が浮かび始めた。
『速水杏里は湯呑みを入れ替えろと言われただけで、それが何の意味を持つかを知らなかった。だから平井が死んだ時、速水杏里は動揺していたよ。まさか自分が殺人の片棒を担いでいるとは思わなかったんだろうね。速水杏里の手でご丁寧に指紋は拭き取られたから、平井と一ノ瀬蓮の湯呑みには使用した本人以外の指紋が残っていない状態になったんだな』
矢野は平井が死んだ直後、宴会場で怯えていた杏里の姿を思い出す。あの時の杏里の怯えは尋常じゃなかった。
テレビで見せている愛らしい口調とは一転して寒々しい乃愛の声。乃愛は拳銃のグリップを握り締めてクスクス笑った。
「そうよ。ぜーんぶ私が命令したの。でも私がしたのはそれだけ。私が直接玲夏さんに嫌がらせしたんじゃないから、罪にはならないのよ」
『それは違う。君がしたことは殺人教唆という立派な犯罪だ』
笑っている乃愛を早河は睨み付けた。乃愛には罪の意識の欠片もない。
「殺人教唆ぁ? 私が誰に殺人を命令したって言うの?」
『せっかくだから覚えておいた方がいい。殺人教唆は殺人を犯した実行犯よりも、殺人を命じた教唆犯の方が罪が重くなる場合がある。君は津田に速水杏里を操らせて平井透を殺したんだ』
平井の名前に笑っていた乃愛の顔がひきつった。
『ゆっくり説明してやるよ。矢野ー』
『へーい。準備万端、待ってましたー』
この場の雰囲気にそぐわない軽快な矢野の声が乃愛の神経を苛立たせる。
矢野はキャンプ場の木のテーブルの側に立っていた。テーブルには紙コップが二つ。
『さぁーて、マジシャン矢野くんのマジックの時間ですよー。まぁ、マジックってほどでもないんだけど、乃愛ちゃんいいかな? よぉーく見ててよ。わかりやすいようにこの紙コップにはそれぞれAとBと書いておいたから、これが平井が殺された時の宴会場でのあの湯呑みだと思ってね』
矢野は乃愛によく見えるようにAとBと書かれた二つの紙コップを掲げた。早河が矢野からAの紙コップを受け取る。
『平井は“自分で仕込んだ毒”で死んだ。でも彼は自殺じゃない。平井はある人間を殺そうとしていた。彼はAを殺すためにAの席の湯呑みに毒を仕込んだ。そのAとは一ノ瀬蓮』
早河がAのコップをテーブルに置く。今度は矢野がAのコップを手にして言葉を引き継いだ。
『一ノ瀬蓮を殺すための毒で平井は死んだ。何故かって? 答えは簡単。平井の湯呑みBと一ノ瀬蓮の湯呑みAがトレードしちゃったんだな』
矢野がAとBの紙コップの位置を入れ替えた。早河と矢野が目を合わせる。
『ではこの入れ替え工作をしたのは誰か?』
『またまた答えは簡単だ。平井と一ノ瀬蓮の湯呑みを入れ替えたのは津田さん、あんたにリモートコントロールされていた速水杏里だ』
津田の肩が震えている。乃愛の無表情な顔に狼狽の色が浮かび始めた。
『速水杏里は湯呑みを入れ替えろと言われただけで、それが何の意味を持つかを知らなかった。だから平井が死んだ時、速水杏里は動揺していたよ。まさか自分が殺人の片棒を担いでいるとは思わなかったんだろうね。速水杏里の手でご丁寧に指紋は拭き取られたから、平井と一ノ瀬蓮の湯呑みには使用した本人以外の指紋が残っていない状態になったんだな』
矢野は平井が死んだ直後、宴会場で怯えていた杏里の姿を思い出す。あの時の杏里の怯えは尋常じゃなかった。