早河シリーズ第四幕【紫陽花】
「あなた達……何者?」
『俺は本庄玲夏に雇われた探偵。矢野は俺の仲間。こっちにいるのは警視庁イチの銃の腕前を持つ小山刑事』
「早河さんそれは誇張しています。……沢木乃愛、銃を離しなさい。あなたと平井が男女の仲だったことは調べがついているのよ」

 小山真紀は拳銃の照準を乃愛の右肩に定めた。乃愛は一歩も動かない。

『平井の家から使用済みのコンドームが見つかった。コンドームに付着していた女の体液のDNAと君が食べたガムから採れたDNAが一致したよ』
「……それが何?」

早河の追い討ちにもまだ乃愛は屈しなかった。

『君と平井に肉体関係があったことは間違いない。そして平井が本庄玲夏に熱烈なファンレターを送っていた張本人だ。手紙を書く時、筆圧が強いと下の紙にまで圧が届いて字の跡がうつってしまうだろう? 平井の自宅から発見された使用前の便箋にも本庄玲夏に届いた手紙の内容と同じものがうつりこんでいた』

 平井の自宅の家宅捜索の際、熱があった早河は先に離脱したが、あの後に真紀が本棚の本に紛れていた便箋を見つけ出した。

筆圧の強い文字の痕跡は鉛筆でこすれば浮き出てくる。
浮かび上がった文字はわざと書体を崩した文字の〈殺しにいく〉だった。

「だから……それが何だって言うの? 玲夏さんにファンレターを書いたのが平井さんだったとしても、私には関係ないっ!」
『君は犬を飼ってるだろ。君のブログにもよく登場するトイプードル。俺も昔、近所の犬を世話したことがあるからわかるが、動物の毛って一度服につくと取れないよな』
「何なの? 言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!」

 早河の話の意図がわからず、苛立ちが最高潮に達した乃愛は声を荒くした。乃愛の豹変に驚いた津田が短い悲鳴を上げる。

『じゃあハッキリ言おう。本庄玲夏に送られた脅迫の手紙に犬の毛が付いてたんだ。その手紙に触れた玲夏や彼女のマネージャー、事務所の社長もみんな犬は飼っていない。犬の毛は手紙を開封した時に付いたものではなく、手紙の送り主の服に付いていたものが封筒に入り込んだと考えられる。だが、あの手紙の差出人の平井は犬を飼っていなかった』

乃愛は無言で早河を睨んでいる。早河は乃愛の沈黙にかまわず話を続けた。

『君が俺の助手に犬の話をしてくれたおかげでピンと来た。手紙に付いていた犬の毛はトイプードルのものじゃないかとね。ペットショップで君が飼っているトイプードルと同じ種類の犬の毛をもらって鑑定したら大当たりだったよ。ついでに言うと、手紙の便箋には女性用整髪剤の成分も付着していた。君がCMで宣伝している“天使のシャワー”だっけ? そのトリートメントの成分だ。平井が玲夏への脅迫の手紙を作成している時に君もその場にいたんじゃないか?』

 早河が沢木乃愛に目を付けたのは神戸滞在中になぎさが乃愛から聞いた犬の話の報告を受けた時からだ。
< 105 / 114 >

この作品をシェア

pagetop