早河シリーズ第四幕【紫陽花】
 乃愛のブログを遡れば、彼女が自分がCM宣伝しているヘアトリートメント、“天使のシャワー”を日常的に愛用していることや、コンビニスイーツの“イチゴのミルフィーユアイス”が好物なことも書いてあった。

6月7日更新の乃愛のブログ記事にもミルフィーユアイスの写真が掲載されていた。

 平井が6月7日にコンビニで購入したレシートの品と一致する。
平井の自宅から押収したミルフィーユアイスの容器からも乃愛のDNAが採取できた。

「……ふふっ。まさかチョコラの毛がついていたなんて。全然気付かなかったなぁ」
『津田と平井、速水杏里を操って本庄玲夏に嫌がらせをしていたことを認めるんだな?』
「ええ。探偵さん。あなたの言う通りよ」

 乃愛の無邪気な笑顔に早河は背筋が寒くなった。
こんな状況でそんな風に屈託なく笑える乃愛はまともな精神ではない。

『平井を殺したのも君だな?』
「殺したぁ? 乃愛は津田と平井に命令しただけで何もしてない。津田も平井もね、乃愛の奴隷なのよ。ちょっと可愛く甘えて身体を与えてやれば乃愛のために何でもしてくれる便利な奴隷。男って、若くて可愛い女が好きでしょ?」

腰を抜かして地面に座り込む津田を乃愛は冷めた目で見下ろしていた。

「だけどこのクズ男も平井も速水杏里も、みーんな役立たずねぇ。結局バレちゃって、乃愛のキラキラな計画が台無し」
『何がキラキラな計画だ。無関係な速水杏里の弱味に漬け込んで彼女に殺人の片棒担がせて、最後は君自身がその拳銃で津田を殺して殺人犯になろうとしていたんだぞ』
「殺人は平井が勝手にやったことよ。平井は玲夏さんを手に入れるために蓮さんを殺そうとした。だから逆にそれを利用して殺してやったの。バカな奴」
『やはり狙いは一ノ瀬蓮だな?』

 拳銃を握る乃愛の手が震えていた。雨の匂いのする湿った風が乃愛の髪をなびかせる。

「乃愛には蓮さんしかいないから……。蓮さんを手に入れるためなら殺人でもなんでもするわ」
『一ノ瀬蓮を手に入れるためだけに、玲夏や自分の所属事務所に嫌がらせをして、あげくに速水杏里に玲夏を殺させようとしたのか?』

込み上げる怒りを抑えていても、速水杏里にやらせた玲夏の殺人未遂が早河の頭に血を上らせている。

「だって邪魔なんだもん。玲夏さん、いつも蓮さんの側にいて蓮さんに守られて当然って顔して……。玲夏さんが生きてる限り、蓮さんは乃愛のものにはならない。玲夏さんには死んでもらうしかなかったの」

 乃愛の言い分はあまりにも子供じみていた。今年ハタチを迎える彼女だが、中身はワガママな子供だ。

『玲夏を殺したところで一ノ瀬蓮は君のものにはならない。もし彼が君を受け入れたとしても心までは手に入らないだろう』
「それでもいい。心が手に入らなくても、心のない人形でもいいから蓮さんが欲しかった。乃愛だけを見て、乃愛の側にいてほしかった」
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